第222話 吸い
玄関を開けて外に出る。予告通り、フィルも一緒だった。鍵をかけて庇の外に出ると、強烈な日差しが容赦なく降りかかってくる。足もとも熱せられていて熱かった。熱せられているのに冷たいということはありえるだろうか。
「では、俺はこちらなのでな」
家の正面を通る道を月夜は右に進むが、フィルは左に進む。彼に対して彼女は頷いて返し、手を振る。
全体的に、問題のなさそうな朝だった。どちらかというと、朝は問題が起こりやすいのではないか、と月夜は考える。具体的に調査を行ったわけではないし、どのような観点から調査を行えば良いのか分からないが、とりあえず、イメージとしてそういう感じがする。学生なら、学校に持って行く荷物の準備に手間取るだろうし、サラリーマンなら、電車の座席を確保することに手を焼くだろう。そうして生じる摩擦が、ときどき火花を散らせることがある。運が悪いと、マスコミに報道させる対象ともなりえる。
くだらないことを考えているな、と自覚する。わざわざ考えるまでもないことだ。すでに明らかになっていることを、表現を変えて繰り返しているにすぎない。
道を進んで、大きな坂道に合流する。それを左手に進み、バス停へと向かう。
重力に従って上から下へと流されるように歩くつもりだったが、近くにある公園の傍まで来たところで、月夜は立ち止まった。止まろうと思って止まったわけではないから、足が一人でに止まったような感じだった。
公園を囲む鉄製かつ円柱状のポールで作られた柵の手前に、少年が一人蹲っていた。姿勢としてはしゃがんでいると表現すべきだが、その度合いが蹲りにまで発展している。
彼が起きていることはすぐに分かった。活動のただ中にあるものと、そうでないものの区別は、意外と簡単にできる。しかし、その理屈を説明するのは難しい。
少年は、公園の敷地から飛び出した草に触れていた。右手の人差し指と親指でそれを挟み、撫でるように指を往復させている。
不可思議な見た目と、不可思議な挙動をする少年だった。髪はぼさぼさであまり清潔感がなく、けれどそれが不潔と感じさせることはない。指の動きと瞬きはどちらも滑らかでありながら、それでいてぱらぱら漫画のような微少なつっかえが要所に観察される。
立ち止まって、彼のことを上から見下ろしていると、少年が僅かに首を動かして、月夜の顔を見た。
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