第193話 〈 〉

 フィルを片手で掴んだまま、ルゥラは一人で笑っている。月夜は皿の円の中で起き上がり、彼を取り戻そうとしたが、やはり腕は囲いの外へ出すことができなかった。


「離して」月夜はルゥラに言う。


 ルゥラは声を上げて笑い、それから、空いている方の手でフィルの首もとを掴んだ。フィルは抵抗しようとするが、力が足りないようだ。おそらく、物理的に相反する姿勢をとっているからではない。ルゥラとフィルとの間に存在する根本的な差によるものだろう。


「なんで、フィルは月夜を放っているの?」ルゥラが言った。「さっさと殺しちゃえばいいのに。そうすれば、私がこんなことをする必要もなかったのに」


「お前には殺せない」くぐもった声でフィルが抗議する。「殺すなら、もっと早い段階で殺していたはずだろう?」


 ルゥラはもう片方の手もフィルの首もとへとやり、両手で彼を掴む。


「猶予を与えていただけだよ」


「いや、違うな」フィルは笑ったみたいだった。「お前の中の何かが、そうさせたんだ」


 ぶら下げられたフィルの四肢の向こうで、ルゥラが表情を歪ませた。でも、笑っている。何を考えているのか読み取るのが難しい表情だった。


「月夜と関係を築こうとしたのは、なぜだ? そんなことをしないで、初めから殺してしまえばよかっただろう」


「それは、違う」


「違わないさ」フィルは言った。「お前は、ルゥラじゃないな。ルゥラをどこにやった?」


「ルゥラだよ」唐突にいつもの声になって、ルゥラが応える。「フィル、やっぱり、お馬鹿さんだね」


「それで真似をしているつもりか?」自分の首もとを掴むルゥラの手を、フィルは片手で掴み返す。「お前が生み出した皿を摂取することで、分かるようになったよ。誤魔化せると思うな。どれがお前で、どれがお前でないのか、すべてお見通しだ」


 直後。


 大地が揺れた。


 それが、目の前に立つ少女が奇声を放ったことに起因するのだと悟るのに、数秒の時間を要した。あまりにも大きな咆哮に、月夜はその場で耳を塞いでしゃがみ込む。視界の端でフィルが空中に放り出されるのが見えた。


 突然生じた空気の膨張によって、地面に散乱されていた皿が舞い上がる。


 円形の制限が解除された瞬間を、月夜は見逃さなかった。


 腕を伸ばし、フィルを掴む。


 空中に舞う皿に腕が接触したとき、皮膚が焼けた。

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