第192話 ( )

「私は、どうするのが正解だった?」正面に立つルゥラに向かって、月夜は尋ねる。


「正解?」ルゥラはまた首を傾げた。「どうするのも正解ではないよ。大人しく、殺されればよかったんだよ」


「それは、誰にとっての正解?」


「私にとっての」ルゥラはくすくすと笑う。「当たり前じゃん。月夜、本当にお馬鹿さんなんだね」


「そうかもしれない」


「認めればいいってもんじゃないよ」


「可能性が有ることを認めただけで、私が本当に馬鹿かどうかは分からない」


「そういう言い方が、もうお馬鹿さん」


 背丈の関係で、ルゥラが近づくほど、彼女に下から覗き込まれるようになる。彼女の目は、いつか見た暖かさに包まれたものではなく、どこか冷酷さを纏っているように見えた。チープな述べ方だが、そうとしか表現できない。驚異となりえるものに種類はない。喜ばしいもの、恐れるべきものは、いつもシンプルな形をしている。おそらく、その種の感情が原初的なものであることに起因しているだろう。


 月夜を囲う皿のすぐ傍に立ち、ルゥラはじっとこちらを見つめてくる。


 月夜は、手を伸ばして、彼女を抱き締めたくなった。


 唐突な衝動。


 しかし、皿によって形成された円の外に腕を出すことはできない。


「さて、どうしようかな」月夜の周りをゆっくりと歩きながら、ルゥラが言った。「ここまで持ち堪えたんだから、すんなり殺してしまうのは、勿体ないよね」


「殺したければ、殺せばいい」月夜は応じる。「でも、私も生き物で、死ぬのは怖いから、できる限り抵抗する」


「できないよ」ルゥラは歩きながら一回転する。スケーターのように華麗な身振りだった。「だって、ほら。月夜、今、動けないんだよ。外に出られないんだから」


「方法はあるはず」


「ああ、そうか。フィルだね」


 一瞬、背後から強い衝撃。


 何が起きたのか分からないまま、月夜は前方につんのめる。しかし、皿の外には出られないから、目に見えない何かに跳ね返されて、受けた衝撃のまますぐに後方に押し戻される。


 腕の中からフィルが消えていた。


 痛みを無視して後ろを振り返る。


 焦点がすぐに合わない。


 前方に、黒い塊が浮かんでいる。


「邪魔しちゃ駄目だよ、フィル」その向こうでルゥラが笑った。

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