第190話 沈黙する世界と弁明する感覚

 これまで続いていた皿の羅列が、唐突に途切れた。岩を渡るときから減少傾向にあったから、何も突然変異的ではない。


 月夜は周囲を逡巡する。自分が見つけられないだけかもしれないと思ったが、それでは意味がない。皿は、自分たちを導くためにここまで続いていたからだ。


「つまり、今、お前が、ここまで、と考えたように、ここが終着点ということになるな」


 月夜の腕の中でフィルが意見を述べる。


「しかし、ルゥラがいない」


 彼女を探すために一歩を踏み出そうとしたとき、上空から白線が引かれるのが視界に入った。


 踏み出しかけていた足を引っ込める。軽い音と衝撃が身体に伝わり、月夜は一瞬目を閉じた。


 目を開けて地面を見ると、皿が破片となって、彼女の一歩先に落ちていた。月夜はしゃがんでそれを手に取る。


 何の変哲もない陶器の破片。


 断面。


 再び立ち上がり、視線を先へと向ける。


 目の前に広がる光景が変わっていた。


 一面に広がる銀世界。


 乱反射し、網膜を焼くように迫り来る光線。


 気圧されるように体重が後ろの方に移り、利き足が自然と一歩後退する。


 何かを踏みつける感触。


 もう、見なくても分かった。


 背後にも同様の状態が続いているのだ。


 自分の足もとを見ると、そこだけ地面が剥き出しになっていた。月夜を円の中心として、四方に皿で覆われた地面が続いている。


 ふと横を見れば、それまで水が流れたいた川も、凍ったように白く染まっていた。ただし、本当に凍ってしまったように動きが制限されているわけではなく、本来の川の姿と同じように、皿によって流れが形成されている。ぎしぎしと奇怪な音が響き渡り、一度それを意識すれば、すぐに両手で耳を覆ってしまいたくなった。


「月夜、落ち着け」


 顔の下からフィルの声が聞こえる。一時的に閉じていた目を開いて、月夜は眼下に彷徨う黄色い瞳を見つめる。


「最初から、落ち着いている」


「皿に接触しては駄目だ。それを踏んだとき、お前の生体が驚いていた」


「どういう意味?」


「単なる皿ではないということだ」フィルが言った。「お前の行動を制限している」


 唐突に、背後から足音が聞こえた。皿の上を歩いてくるから、日常よりも気配が遙かに増幅される。気配とは、六感によるのではなく、五感の総体からなるということを思い知らされる。

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