第189話 例解する記述と展開する現実
川に差しかかった。川だから、当然水が流れている。乾ききった川というのもあるが、人がそれを川と認識できるのは、かつてそこに水が流れていたことを知っているから、あるいは、推測できるからなので、川と認識するために水の存在は必須といえる。
向こう岸まで渡れるように、巨大な岩が川の途中に配置されていた。たぶん、本当に人工的な意味で、それは配置されているのだ。橋がないからその代わりだろう。経済的にも、景観的にも、岩を配置する方が良いのかもしれない。
皿はその岩の上に続いていた。川とは流れる水だから、当然、その上にまで皿はない。皿は岩の上をとびとびに並んでいる。なるほど、これがとびとびなのか、と月夜は納得した。とびとびという言葉が、彼女の中にだけあるものなのか、世間一般にもあるものなのかは分からなかったが。
「さあ、行こう」
月夜の腕の中でフィルが呟いた。
「もう、行っている」月夜は岩の上を歩きながら応える。
「きっと、この先にルゥラがいるはずだ」
「そうでないと、これまでの道程に意味がない」
足もとを流れる水の速度は、比較的穏やかだった。さらさら、という表現が似合うだろう。さらさらといえば、髪にもその表現が使える。流れる水と、髪で、どのような共通点が見出せるだろうか。
「こういう場所を歩くのが、一番苦手なんだ」フィルが言った。「お前に抱っこしてもらえて、嬉しいよ」
「抱っこ?」
「猫は水が嫌いだというが、あれは嘘だ。動物は皆水が嫌いなんだ。人間だって、下手に濡れるのは嫌だろう?」
「飲むのは好き」
「そういえば、喉が渇いたような気がするな。月夜、ちょっと、そこの水を飲ませておくれよ」
言われた通り、月夜は一時的にフィルを岩の上に下ろし、彼に水を飲ませる。飲ませるといっても、おい、飲め、と言えるだけで、実際に飲むか否かを決断するのは本人だから、そういう意味では、飲ませることはできない。
舌を水面に浸らせ、フィルは如何にもそれらしい仕草で水を飲む。如何にもそれらしいと感じるのは、彼が猫の見た目をしているからか、それとも、彼が如何にもそれらしく見えるように工夫しているからか、どちらだろうか。
水を飲み終えたフィルを再び抱えて、月夜は先へと進む。
残る岩は多くない。
反対側の岸に辿り着いた。そちらには林が広がっている。
月夜はその場に立ち止まる。
「もう、皿がない」
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