第15章

第141話 買います/買いです

 学校の帰りにパン屋に寄った。バスロータリーの向こう側にある。一度も入ったことがなかったが、ルゥラにお土産のつもりで買っていこうと思った。いつも自分がルゥラに何かを食べさせられているので、その逆のことをしたらどうなるのかと思ったのだ。


 なぜかフィルが足もとにいる。


「俺は何もいらないからな」


 どのパンを選ぶか考えながら、月夜はトングを開いたり閉じたりする。カチカチと音が鳴って小気味が良かった。


「フィルの分まで買う気はないけど」月夜は呟く。「食べたいの?」


「いや、食べない」


「では、なぜ予めいらないと言った?」


「お前が買いそうな雰囲気だったからだ」


 色々なパンがある。パンなのに色々あるのかと月夜は少々感心した。あまりこういう世界のことに詳しくないので、見るものすべてが新鮮だった。


 食パンも売ってあるが、パン屋で買うのはどうなのだろうと思案する。パン屋のものだから格別に美味しいのかもしれない。けれど、ルゥラならきっと不満を漏らすだろう。たぶん彼女は煌びやかなものの方が好みのはずだ。根拠はないから適当な憶測だが。


 チョコレートがかかった細長いデニッシュ、ソーセージとレタスが挟まれたホットドッグ、中心にリンゴの甘煮が詰め込まれたタルト……。どれも美味しそうに見える。月夜には美味しいか否かを判断することしかできないので当然だ。


「早くした方がいいんじゃないか?」フィルが声をかけてくる。


「どうして?」


「さっきから、店員が後ろでお前のことを見ているぞ」


「前に目が付いているから、当たり前だと思う」


「盗人じゃないかどうか見張っているんだろうな」


「違うと思うけど」


 店内には月夜一人しかいない。フィルの姿はほかの者には見えていないだろう。頭の上で流れる陽気なバックグラウンドミュージックが、思考を甘い方向へと誘導しているように思える。


 視界の端にドーナツが映った。


 チョコレートも何もかかっていない、少し固そうな至ってシンプルなドーナツだ。


 そうだ……。


 ルゥラは円いものは形の中で一番綺麗だと言っていた。


 これなら喜んでくれるかもしれない……。


 ?


 なぜ、自分は彼女に喜んでほしいと思ったのだろうか?


「当店でもそれなりに人気の品ですよ」


 突然背後から声をかけられて振り返ると、先ほどまでレジに立っていた店員がすぐ傍にいた。


 月夜は彼女を真っ直ぐ見つめる。


「買います」

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