第138話 calling

 視界が徐々に明るくなっていった。腕に力を入れて体重を支え、起き上がろうとする。


 しかし、上手く起き上がれなかった。想定していたよりも多くの力が必要なことに気がついたからだ。見ると、彼女の上でフィルが丸まっているではないか。こんなふうに、何々ではないか、と書くと現場性が増すらしい。本当ではないか。


 霞んでいる目をなんとか開いて、月夜はフィルの頭をそっと撫でた。彼は何の反応も示さない。たぶん本当に眠っているのだろう。


 唐突にドアが開かれる。


「朝だよ!」大きな声が形を伴って現れた。「早くしないと遅刻しちゃうよ!」


 ルゥラが部屋に飛び込んでくる。彼女は勢いを落とさずに月夜の上にダイブした。エプロンを身につけ、片手にフライ返しを持っている。フィルがサンドになった。最初からそれを狙ってダイブしたのかもしれない。


「……分かった」月夜はなんとか声を出した。「今、何時?」


「自分で確認しなよ!」そう言って、ルゥラは何度か身体を弾ませる。「ご飯食べる時間なくなっちゃうよ!」


「食べなくても生きていける」


「生きていけないから! 何度も言わせないでよ!」


 枕もとに置いてある目覚まし時計を手に取ってみたが、まだ余裕のある時間だった。ただ、いつもより少々遅い。アラームが鳴ったことにも気がつかないのは珍しい、と自己分析。いや、それは自己分析ではない。単に事実を確認しただけだ。


「ご飯、ここに持ってきてあげようか?」何の前触れもなく瞬時に立ち上がって、ルゥラが月夜を見下ろして言う。


「すぐに行くから、いい」


「じゃあ、早く着替えてね!」ルゥラは手を振りながら部屋を出て行く。「待ってるからね! あと五分で来なかったら、ぶっとばすからね!」


 ぶっとばされるのは困ると月夜が口にする前に、部屋のドアは閉ざされた。


 中途半端に起きかけていた身体を完全に起こす。


 自分とルゥラの間にサンドされても、フィルは何ともないような顔で眠っていた。もっとも、彼はいつも何ともないような顔をしているので、何ともなくはないのかもしれないが。


 眠りに就けなかったり、起きられなかったり、いつもと比べると体調がおかしい。


 ただし、原因は分からないままだった。


 そういう日もあるというだけだろう。

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