第12章

第111話 迎え

 夜。


 夢。


 否。


 現実。


 教室で読書をして過ごしていると、突然窓が勢い良く開かれた。フィルは室内にいるので、開けたのは彼ではない。それに、窓には鍵がかかっている。外側から解除できるはずのないそれが、極めて鮮やかな動作でスライドした。


 少女が立っている。


 ルゥラだった。


「月夜」窓の向こうからルゥラが大きな声を出した。「何やっているの、こんな所で」


 しんと静まり返っていた学校に、場違いに大きな声が轟いたことに驚いたが、月夜は持っていた本を冷静に軽く持ち上げた。


「読書」


「もう! どうして早く帰ってこないの?」


「どうして、早く帰る必要があるの?」


「私が待っているから!」ルゥラは明らかにご立腹の様子だった。「帰ってきたらご飯を食べてくれるって、約束したじゃん!」


 約束をしただろうかと月夜は考える。明確な形でしたかどうかはいまいち思い出せなかった。


「したっけ?」


 隣の席で丸まっていたフィルが顔を上げ、窓の方を見やる。


「煩いな。月夜は勉強中なんだぞ」


「勉強ではない」月夜はフィルの言葉を訂正する。


「もう! いいから、早くしてよ!」ルゥラは窓の外でぴょんぴょん飛び跳ねている。キョンシーみたいな動きだなと思ったが、月夜はキョンシーについて大して知らなかった。


 別に従う必要などなかったが、呼ばれたので月夜は荷物を持って教室を出た。昇降口の所にルゥラが立っていて、腕組みをして一人で立派に立っていた。


「夜ご飯も食べないなんて、月夜、どうかしてるよ」靴を履き替える月夜に向かって、ルゥラが告げる。「もう、ご飯冷めちゃったよ! せっかく温め直したのにさあ!」


「熱は取り戻すことができるから、もう一度温めればいい」


「そういうことじゃないのに!」そう言って、ルゥラは月夜の手を強引に掴んだ。「早く! 行くよ!」


 静まり帰った夜の街を、ルゥラに手を引かれながら進む。誰かにそんなふうにされるのは初めてだった。いや、過去に何らかの形で経験したことがあるかもしれない。ただ、このとき月夜は初めてルゥラの存在を傍に感じた。それまでは、どこか離れているような感じがしていたのだ。理由は分からないが……。


「月夜の手、冷たいね」前を向いたままルゥラが呟く。「きっと、ちゃんとご飯を食べていないからだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る