第112話 存在に気づくとはどういう意味か
まだバスがあったので、それに乗って三人は帰宅することにした。料金を支払う必要があるのは月夜だけだった。三人分を彼女が負担するという意味ではない。フィルとルゥラはそもそもカウントの対象外だった。
「月夜は、いつもこんなふうに学校に行っているんだ」
月夜の隣に座ったルゥラが、物珍しそうに窓の外を眺めながら言った。
「こんなふう、とは?」月夜は尋ねる。
「こんな乗り物に乗って」ルゥラは答えた。「大変だなあ」
「大変だと感じたことはない」
「なんで夜まで学校に残ってるの?」ルゥラはバス車内で話すには少々大きい声量で話していたが、周囲の人間がそれを気にする気配はなかった。「先生に課題をやらされていたとか?」
「特に理由はない」
「理由もないのに学校に残っていたら、駄目じゃん」
「何が駄目なの?」
「授業が終わったら、すぐに帰るんでしょ」どういうわけか分からないが、ルゥラは少し怒っているみたいだった。「そう、先生に教えてもらったでしょ」
「覚えていない」月夜は事実を述べる。「でも、貴女が言っていることは正論だと思う」
外はまるで雪景色のようだった。距離がある分皿は皿らしく見えず、のっぺりとした分厚い絨毯が遙か向こうまで続いているように見える。その上を歩いている者もいるが、足下に散らばっているものに意識が向いているようには見えなかった。
「どうして、こんなに沢山皿を散らかしたの?」
月夜は質問した。反語の意味はまったくなかった。
「月夜の行動範囲を制限するため」ルゥラは澄ました顔で答える。「皿で囲むことで、その先に月夜が移動できなくなるのではないか、と考えました」
「どうして、突然の敬語?」
「どうして、突然の体言止めなの?」
月夜はルゥラの顔を見る。彼女も月夜の顔を見ていた。
少しだけ、ルゥラのことが分かったような気がした。
けれど、まだ分からないような気もした。
つまり、全部包み込んで分からない。
「私は、そんなに行動する方ではないから、そんなことをしなくても、あまり遠くには行かないと思うよ」
「でも、一応そうしておいたの」ルゥラは威勢良く言った。「月夜には、どうしてもご飯を食べてほしいから」
ルゥラの言っていることはどこかちぐはぐだったが、今まで彼女が言ってきたことを総合して見れば、何が言いたいのかなんとなく分かるようにも思えた。
「ところで、貴方は誰?」そう言って、ルゥラは月夜の膝の上で丸まっている黒猫に触れる。
「俺は怪物だ」フィルは答えた。
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