第66話 そのときそこで
とりあえず、ニンジンとジャガイモとタマネギを、それぞれ三個ずつ袋に詰めた。たぶん、あとルーを買えばカレーが作れる。けれど、月夜には特にそんな心づもりはなかった。
店内に様々な食品が並べられている様子を見ていると、不思議な感覚に陥ることがある。種類の異なる生き物たちが、皆一様に並んでいるように見えるのだ。ニンジンとジャガイモとタマネギも、今生きているかは別として、分類として生き物には違いない。それらが自分の歩調に合わせて、籠の中でころころと位置を変えている。
棚の中に肉や魚が並べられていても、人間は何も不思議だと思わない。それらは生き物の死骸か、あるいはその断片だ。それらがパックの中に入れられて、規則正しく配列されている。きっと、ここがスーパーマーケットではなかったら、もっと奇妙な光景として映るに違いない。しかし、ここはスーパーマーケットだから、人はそれを生き物の死骸だとは捉えずに、食料であると判断する。
場所や場面が思考の基準になっている?
「ここには、猫の肉は売っていないな」
いつの間にか籠の中に収まっていたフィルが、食品棚を見ながらコメントした。
「猫の肉を、食べたいの?」
「いや、まさか」フィルは首を振る。「でも、どうして人間はそれを食べない? いたる所にいる動物じゃないか。豚や牛を育てるよりも、遥かに簡単に育てられる。そう思わないか?」
「あまり、美味しくないのかも」
月夜の意見を聞いて、フィルは短く息を漏らした。
「まあ、そんな理由じゃないと思うけどな」
「ほかの国では食べるのかもしれない」月夜は考えを述べる。「この国では、猫や、犬との生活上の関わりがもともと深かったから、それを食料にするという発想がないんじゃないかな」
「食糧難に陥ったら、どうする? それでも食べないのか?」
「そのときには、食べるかも」
「ほう。随分とご都合主義だな」
「自分たちが生きるためには、何でもするのが人間だから」月夜は言った。「述べられる理論は、そのときの状況に依存している。そのとき納得できれば、何だっていいんだよ。いつでも成り立つような理論は、人間には作り出せない。それは、きっと、人間がもともとそういう生き物だから。人間の理論は、そんな人間の性質を反映している」
店を出るとき、月夜が持っていたのは、ニンジンとジャガイモとタマネギだけだった。
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