第65話 無意志なる移動
小夜と分かれて、月夜は買い物に出かけた。小夜はあの山の上からは下りてこない。何か理由があるのかもしれないが、月夜は特に尋ねなかった。
麓の公園には誰もいない。いつも通り、灰色のグラウンドが寂しく広がっている。誰も座っていないのに、ブランコがきいきいと音を立てていた。幽霊の仕業だったら素敵だが、今は昼間で、自分の頬に吹きつける風があったから、そのせいだろうと月夜は考えた。
「つまらない思考だな」
抱きかかえていたフィルが声を発する。
「うん」月夜は頷いた。「自分でも、そう思った」
坂道を下っていく。左右に等間隔に並んだ木は、街灯のように見えなくもないが、街灯は街灯で別に立っている。両者の並ぶ間隔は同じではない。かといって、そこに何らかの関係性があるようにも思えない。どちらも人工的に設置されたものなのに、互いに別の規則に従っているというのは、面白いなと月夜は思った。担当した業者が違うのだろうか。
坂を下り切れば大通りに行き当たる。大通りといっても、ほかの道路に比べると、この辺りでは主要な役割を担っているように思えるというだけで、大都市のそれとはわけが違う。ただし、この道を右に行っても左に行っても駅には辿り着けるので、一応、大通りと呼んで差し支えない資格はあるといって良さそうだった。
大通りを挟んだ向こう側に、店舗が三件並んでいる。左側に薬局、その隣に喫茶店、そして、横断歩道を挟んで小規模なスーパーマーケット。
横断歩道を一度渡って、月夜はスーパーマーケットに向かった。入り口で籠を取り、先へと進んでいく。
ペットは入れないことになっているが、月夜はフィルを伴ったまま店内を歩いた。以前、ここに来て、同じような姿でふらついていても、何も指摘を受けなかったからだ。たぶん、学校で自分を気にかける生徒がいないのと同様に、ここでも気にされていないのだろうな、ということで彼女は納得していた。もう少しいえば、彼らにはフィルが見えないのかもしれない。この点はよく分からなかった。誰かの視点に移れるわけでもない以上、実際に確認することはできない。
「何を買うつもりなんだ?」
フィルに問われても、月夜はすぐには答えられなかった。特に何を買うつもりでもなかったからだ。ただ、スーパーマーケットに来たら、籠を持って店内を歩かなくてはならない。
「何でも」暫くしてから、月夜は答えた。「フィルは、何か食べたいものはある?」
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