第38話 燃え盛る火

 斜面には太い木の根が伝っている場所がいくつもある。斜めの大地に木が垂直方向に立てられれば、根は部分的に土壌の外へと露出する。そのまま重力の影響を受けて下へ下へと伸びていった根の一部が、蔦のように頑丈になって、登山者が頂上を目指す補助道具となっていた。月夜も所々それらに掴まりながら上へと登っていく。フィルはどちらかというと木の枝の上を歩いていた。


 頂上に辿り着く。


 運動をし始めたときに比べれば、月夜の呼吸は落ち着いていた。苦しいのは最初だけだ。漫画などで、主人公がそういう謳い文句の治療を受けさせられるシーンがあるが、その場合には嘘である可能性が高い。特別漫画を好んで読むわけではないが、月夜はなんとなくそんなことを思った。


 後ろを振り返ると、木々の葉や枝に遮られた先に、小さく公園の遊具が見える。けれど見えるのは本当に僅かで、左右も頭上も枝葉に囲まれていて、太陽の光はほとんど入ってこなかった。しかし暗くもない。視認できないだけで、光線は色々なところから入射して、反射して、屈折して、月夜の目に届いている。


 視線を正面に戻す。


 頂上に立つ、巨大な木の根本。


 そこに小さな社のようなものが置かれていた。


 社という言葉を使ったが、月夜はそれを本当に社と呼ぶのか知らなかった。ただ、表現するとするならそんな感じだ。石造りの家のような形で、縦に長い長方形の住処に三角形の屋根がVの字を逆さまにした状態で乗っている。長方形の部分には一部切り取られているところがあって、そこが一応入り口になっているらしい。室内は空洞で、賽銭の類は入っていなかった。


 これが神社と呼ばれているものだ。誰が設置したのかも分からないし、何のためにあるのかも分からない。ただ、神社みたいなので、神社と呼ばれている。一般的な名称が通称に転用されることはそれほど珍しくないだろう。むしろ一般的であることが、個別的なものに当てられることへの可能性を秘めているといえる。


 月夜は社の前に進むと、その場で小さくしゃがみ込んだ。フィルも彼女の隣にやって来る。何をするわけでもなく、月夜は社の中をじっと見つめていたが、暫くすると、その内側がほんの小さく赤い色に染まり始めた。


 火が灯った。


「彼女を呼び出せばいいの?」


 月夜はフィルに尋ねる。


「もちろん」彼は頷いた。「篝火導師様の登場だ」

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