第六章 董卓の娘

第154話 後継者

こんにちわ、何度も国家に反乱を企てる悪役人妻の董青です。


中平四年、皇帝が倒れました。

この年は秋口から体調が悪く、倒れてからは口がもつれて発語も難しかったとかなんとか。

太医令いしゃがいろいろ手を尽くしたそうですが、結局そのまま崩御くなられてしまいました。



享年32。あまり何度も会ったことはないですが、いつも若くて体力一杯に見えていました。

三国志のお話では政治に興味がなく遊んでばかりの暗君扱いですが、むしろ実際の皇帝は政治に積極的でいろんな政策を実行していた印象です。

残念ながら強引な資金集めのために宦官を多用していることの弊害もんだいを最後まで理解して貰えませんでした。


しかし、若すぎますね。三国志のお話でも黄巾の乱から反董卓連合軍まで6年あったはずなのに、まだ3年ちょっと。1-2年ほど早い気がします。


 ― ― ― ― ―


さっそく大喪そうしきが執り行われます。

皇帝のご遺体は奇麗に清められ、口に珠を含ませ、絹で何重にも巻いてから、ヒスイの札を金糸で縫い合わせた衣を着せます。


三公首相級の太尉、司徒、司空は手分けして、南郊天の祭壇や、宗廟こうしつのおはか五獄やま四瀆かわに皇帝の死を報告し、諡号おくりなを告げて祈ります。


諡号は霊。これで霊帝と呼ばれるようになりました。

なお、霊帝って崩御くなるまで霊帝じゃなかったんですよ。だから献帝さんに会っても献帝と呼んではいけないというわけです。後代みらいで三国志のお話を知ってると逆に難しいです。


なお、霊ってのは諡号おくりなの中でも悪い方だとか。だいたい内乱を引き起こして国を衰退させた王に送られる号です。

言いたいことは分かりますが今までペコペコ仕えていた主人に悪口を付けるのはどうかと思います。


ただ、霊の意味には「内乱があったが何とか乗り切った」とあるそうで、それだけを考えるとそこまで悪い意味でもないのかなと思います。



 ― ― ― ― ―



葬式には官位トップの大将軍の何進が百官を従えて喪服で参列します。全員白い服なので異様な光景です。

霊帝の棺の前に弁皇子が立ち、三公が弁皇子を皇帝に、何皇后を皇太后に即位してほしいと願い、許されます。


さて、ここから大忙しで百官が全員退出して一斉に礼服に着替えて再入場します。


太尉の曹嵩ソウスウさんが棺に恭しくお辞儀をすると、霊帝の遺言を読み上げます。そして皇帝の象徴である秦の始皇帝より伝わる伝国の玉璽ぎょくじを弁皇子に捧げます。これにより弁皇子が新たな皇帝として即位しました。


黄門宦官の合図で百官が一斉にひれ伏して万歳を唱え、天下に大赦を宣言します。

そして門を開けて百官が退出し、また大慌てで喪服に着替えなおして服喪となります。


葬式と即位という凶事と吉事を同時にやらないといけないのは大変ですね。


 ― ― ― ― ―



「いや、大変だったんだぜ??こんな儀式の手順なんて知らんしよ」

久々にお会いする董旻トウビンおじさまが戎服ぐんぷくで愚痴っておられます。


一応、董旻おじさまも文武百官のうちということで、曹操さんや劉備さんと並んですべての儀式に参加したとのことです。

こういうと董家もなかなか重要人物みたいですね。


「それに儀式の最中も大将軍何進車騎将軍何苗驃騎将軍董重が常に睨みあってるからおっかないのなんのって……」

「え、なんで驃騎将軍が?」


何進さんと何苗さんの仲が悪いのは分かります、というかそういう風に仕向けているわけで。

整理すると何進さんは袁紹、袁術らに擁立されていて宦官粛清を狙っています。名士派閥ですね。


それを恐れた張譲さん、趙忠さんは何皇后と皇后の弟の何苗さんを盛りたてて盾にしようとしています。宦官派閥ですね。


それに対して驃騎将軍というのは霊帝の母親、董皇太后の甥です。董皇太后が協皇子を養育していることからも協皇子派の人です。

弁皇子が引っ込み思案を治していろいろ実績を上げちゃったので、協皇子派にいまさら出番はなかったはずですが……




「いや、それがな。先帝が亡くなられる前は口がもつれて喋るのも難しかったはずなのに、大喪では弁皇子を即位させよという遺言が読み上げられたんだ。当然、先帝陛下の書ではない、じゃあ一体だれがどうやって聞き取ったんだ?」

「たしかに」


董旻おじさまの説明に聞き入る私。


「なんと、遺言は張常侍張譲が偽造したんだ。そして真の遺言は協皇子を即位させよという内容で宦官の蹇碩ケンセキから内密に驃騎将軍董重に渡ったというわけで」

「いやいやいや?なんですかそれ?!」


なんかグチャグチャになってきました。もう一体あの先帝は最後の最後まで何をやっているんだか……。



というと私のべっどの脇に座っていた公明さんが口をはさみました。


「義叔父上、お言葉ですが真の遺言の方だけちゃんと聞き取れたのはなぜでしょうか?」

おお、確かにその通りです。さすがは旦那様。


「そこだ。どっちも偽造だろうなぁ。まぁ宮中がそんな噂でもちきりってわけだ」

ニヤリと笑う董旻おじさま。


「うわぁ……本当にろくでもないですね……聞くだけで疲れてきました」

「青は疲れないだろ、寝てるだけなんだから」

「何を言うんですか、寝てるだけではないです!女の一大事で命がかかってるんですよ!」


べっどに横たわりながら反論する私。

急な大声でびっくりさせないように、大きく膨らんだお腹を撫でておきます。



あ、はい。世の中は大変な状況ですが、私も大変です。

出来ちゃいました。赤ちゃんがいます。


これで董家徐家後継ぎ計画が一歩前進ですね!


董旻おじさまは苦笑すると房子へやを出ようとして何かに気づいたように声を掛けました。


「まぁ、大事な身体だからそっちに専念しな……ん?ところで青、太ったか?」

「お腹が大きくなるのは当たり前ですよね?」

「そうじゃなくて、顔。腕も」

「まさか……え?」


ぶにっ。頬と腕の肉がたるみ始めていました……


そういえば最近二人分食べて寝てばかりで……

いやああああ?!









 ― ― ― ― ―



※(参考文書)

後漢書 第六 禮儀下 大喪


 蘇東坡先生「こんな葬式のやり方おかしくね?!」

 朱熹先生 「いいんだよ!即位礼は国家の大事だし!」


逸周書卷六 諡法

 死而志成曰靈。亂而不損曰靈。極知鬼神曰靈。不勤成名曰靈。死見神能曰靈。好祭鬼神曰靈。

 「死して志成るを霊。乱れて損なわずを霊。鬼神を極知するを霊。勤めずして名を成すを霊。死して神能を見るを霊。鬼神を祭るを好むを霊」

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