第149話 青州河伯教団の安定と発展

青州セイシュウというのは春秋戦国時代に斉の国があったところです。

特産は海に面していることから海塩に魚が有名ですが、それに加えて斉の時代から様々な織物を生み出す技術を持っており、非常に豊かな土地です。


なんですが、私たちが教団支部を作ったころには住民の皆さんは重税と収奪に疲れ切っていて、笑顔もありませんでした……


そこで私たちが最優先で取り組んだのが逃亡してしまった流民さんたちに仕事を与えること、次に農民さんたちに副業を持ってもらって収入を増やすことです。


いつもの薬とお粥の施しで流民さんはたくさん集まりました。人手は沢山ありますので、手っ取り早いのは自然の恵みを取ってくることですね。




おうえい!」

おうえい!」


黄河の河口部は黄土高原から流れ込んだ大量の土砂で黄色く染まっており、黄河が注ぐ渤海ボッカイの海底は遠浅でなだらかに土砂が降り積もっています。


その海辺で大勢の人たちが縄を引いていました。

海には漁船が数隻出航していて、縄をピンと張って魚を追い込んでいます。




「こんな巨大な網で漁ができるんですね」

公明くんが感心したようにつぶやきます。

ただの網を使った漁なら昔からあるんですが、ここまで大規模な底引き網は青州でも初めてのようです。上手く行って良かったです。底引き網は海底に大岩とか引っかかるものがあるとまずいので、黄土でなだらかに埋め立てられた渤海は丁度いいようです。


「人が余ってましたしね。それに青州の人はやっぱり織物が上手いですね。あっという間に網を作ってくれて」


私はそう言いながら網の方をみると、いよいよ網の先が浜辺に引き上げられつつありました。

はちきれんばかりに膨れ上がった網がもぞもぞ動いています。


「おお、魚だ!魚があんなにたくさん!」

流民の皆さんが歓喜の声を上げました。

大喜びで網に駆け寄って魚をつかみ取りにしています。

これで流民の皆さんもお腹いっぱい魚が食べられることでしょう。


ただ、魚を食べて終わりでは産業じゃないんですよね。


私は打ち合わせ通り信者さんたちを指揮して次の作業を始めさせます。


「はいはい、約束通り1人10斤2.5kgの魚を取ったら、あとは塩漬けの樽に入れてくださいねー」


魚の大きさに合わせて、小魚はまとめて塩漬け。

大きな魚は頭と内臓を落として、煮詰めた海水を塗って乾燥させます。

こうやって干魚を作って内陸向けの商品にするのです。


さて、干し魚はできるだけ奇麗に洗ってもらいますが、どうしても虫が寄ってきます。

輸送中に虫が湧いてしまうと売り物になりません。


かといって手や団扇で追い払ってもキリがありません。


そこで馬車の車輪を改造して回転乾燥機を作ってもらいました。

車輪にたくさんの棒をとりつけて、そこに干魚を括りつけて、グルグル回して乾燥と虫払いを同時に行うのです。


幸い人手はあまっていたので、延々と人が集まって棒を押してグルグル回っていますが……なんか世紀末な感じの奴隷労働に見えてきました。これはあまり良くないかもしれません。


「魚が乾くのが早いのはいいですが、人が回し続けるのは疲れますね」

「牛か馬にグルグル回ってもらうか、水車でやりますか」


というわけで乾燥機の改良はいろいろ試しましたが、水車は設置場所が限られ、牛馬は高く、人は疲れるとそれぞれ一長一短あってこれというのがないので結局全部やることになりました。


そもそも底引き網が豊漁でごっそり魚が取れ続けるので乾燥機をどんどん設置しないと間に合わないと言うのもありましたし。



ということで青州河伯教団はまず漁業と干魚づくりを始めました。

次は交易です。


 ― ― ― ― ―



河伯教団の擁する商隊を青州から河東郡や洛陽などの内陸部と往復させ、干魚を輸出して、鉄の農具や牛馬を輸入します。

そして農具や牛馬を貸し与えて、流民信者から農民信者に転職してもらいます。


しかし、やはり干魚では単価が安く、運んでも利益はそこまで多くありません。

青州の特産の塩は河東の塩と被りますし、もう一つの特産の織物は洛陽でも作っています。



「何かもう一つ特産になるものが欲しいですね、洛陽で珍しくて高く売れるものがいいんですが」

「そんな良いものがあれば特産として有名になっております」


青州で信者になってくれたもみあげの立派な郡の属吏やくにんが苦笑します。

そうですね。それは分かってるんですが。


なお、このもみあげさん。底引き網をするにあたり海沿いの村の父老ちょうろうに話を付けてくれたりとても助かってます。なんて名前でしたっけ。



私はそんなことを考えつつ、ぼけっと底引き網で沸いている海を眺めていると、大きな帆を立てた船が沖合からやってくるのが見えました。


「あれ、あの船は?」

「遼東船ですな。遼東リョウトウ楽浪ラクロウと行き来をしています」


楽浪って朝鮮半島ですよねぇ。あ。そうえばあれはありますか?


私の質問にもみあげさんが何気なく答えました。

「人参ですか?そういえば遼東で少し取れたと聞きます。遼東でしたら、あとは貂の毛皮や馬、犬などがとれますな」

「ぜひ買い付けましょう!」


これは食べるニンジンじゃなくて、漢方薬の朝鮮人参のほうです。毛皮も洛陽で高く売れそうです。



もともと手先が器用な青州の農民信者さんたちに織物を作ってもらい、それを遼東に輸出。

船の帰り便に毛皮や人参を積み込んでもらいます。毛皮は衣服や小物に加工して、人参はそのまま医薬品として洛陽に売りに行ってもらいます。



こうやって青州河伯教団は、干魚や織物の生産、そして遼東と洛陽の中継交易により財政を安定させることができたのです。

生活に苦しんでいた青州の民は続々と教団に加わり、その勢力は百万人を超えました。



なのに、州刺史そうとくは治水や新田開発をするといって余分な税金を取っては着服する始末。大宦官張譲チョウジョウの身内ということを鼻にかけてやりたい放題です。



青州の民を富ませているのは彼の私腹を肥やすためではないので……

お仕置きが必要ですよね。


反乱の計画を練るとしましょう。



刺史を懲らしめようと言ったらもみあげさんが大喜びで賛同してくれました。彼は遼東に知り合いがいるようで、交易や人参の調達にも奔走してくれたのです。とても優秀ですね。


「大賛成です!刺史に目に物を見せてくれましょう!この太史子義タイシシギが必ずやお役にたちましょうとも!」


……って、孫呉の猛将の太史慈タイシジさんじゃないですかー?!

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