第128話 せっかく大赦があるから

※董青ちゃん視点に戻ります




「来年は皇太子が決まって、大赦があるらしい」

「宮殿の外で育てられている史候ベンおうじも来年は15におなりになられる。密かに市井におりては民のために上奏しているそうだぞ」

「民のために新田を開発すべきと提案されるなど民のことを気にかけておられるらしい。きっと名君になられるだろう」



洛陽の新聞読みや紙芝居屋がもっともらしく語ると、洛陽の民は感心したように聞き入ります。皇太子なんて雲の上の話は民に関係ないのかと思いきや、あわせて恩赦や施しものがあるとのことで民の関心は思いの外高かったです。


恩赦があれば刑罰が軽くなりますし、施しがあればみんな潤いますしね。


なお史候っていうのは弁皇子のことです。弁皇子が住んでいる家の道士さんが史さんという名前なのです。前に隠れて肉を食べてたお爺ちゃんです。皇帝の信頼もあつく、いろいろ健康法を指導しているようです。


って言ってもこの人の健康法をやって早死にしたんですから早めに河伯方式に変えてもらわないとですね。弁皇子に聞いたら「全部やってくれるって!」ってすごくうれしそうでした。


これなら大丈夫でしょう。




はい、私は三国志の悪役、董卓の娘で董青ちゃん14歳です。悪役令嬢で侯爵令嬢なんですが、なんか出来すぎな感じが。




 ― ― ― ― ―




主公とのの考えた、『弁皇子のいいところを宣伝しよう作戦』ですが、今のところ順調ですな」

若白髪の賈詡さんが重々しく言いました。


「民の間では弁皇子の政治になればいいことがあるだろうと噂になっております」

次に各地の民の声を調査していた、四角い顔の趙雲さんが報告します。


皇帝はなんとなく弁皇子推しな気がするんですが、確定はしていないので外堀から埋めていくべく世論工作を進めています。


ただ、この時代は民は数が多くても発言力は低く、実際には名士きぞくの名声の高い人の意見が通ることが多いです。


その名士たち。何進大将軍派閥で、反宦官・反董卓を掲げているので弁皇子支持してくれるか心配だったのですが。


「いや、何進派閥も弁皇子が立たないと次に進めませんからな。まずは協皇子派を倒すためということで利害が一致しております」


賈詡さんが調べてくれた範囲では、名士たちも弁皇子派を推してくれているようです。


やっぱり決戦は弁皇子が次期皇帝になってからですね。そうなれば皇帝の後ろ盾をめぐって何進派閥と宦官派閥との争いが始まりますが、そのどちらにも借りを作らずに私たちが弁皇子を守り抜かないといけないのです。



これで皇帝が長生きしてくれれば、民と名士の人気の高い弁皇子が次期皇帝となって政治改革をしてくれて大勝利です。



あれ?というか現皇帝が長生きすればそもそも三国志起きないじゃないですか。

たしかにいろいろな問題はあるんですが、やっぱり皇帝が政治を見ていて、予算を握っているというのは単純に強いですね。多少の問題があっても叩き潰せますから。


まぁ、宦官重用や重税、汚職などのいろいろな問題が結構王朝の寿命を縮めてるところがあるんで、問題放置したまま皇帝が変わったら結局爆発しちゃいます。政治改革は必須ですね。



「あと、主公からご指示のあった何進派閥の監視ですが、やはり許攸キョユウが何やら策謀しているようです」


賈詡さんが別の報告を始めました。


「許攸が各地の豪傑やくざ遊侠やくざと連絡を取っていると劉玄徳やくざ殿から報告がありました。袁紹の指示かどうかまでは分からないのですが、袁紹とは連絡を絶って距離を取っているようなので逆に怪しいです」

「その人は悪だくみする性格ですから要注意ですね……」


物語の三国志では、許攸さんは袁紹に仕えて曹操さんと戦っていました。


曹操さんと袁紹の戦う官渡の戦いです。

許攸さんは曹操さんの兵糧を焼く作戦を提案しましたが採用されません。そこで許攸さんは逆に曹操さんに降って、袁紹の兵糧を焼く提案をして曹操さんを勝たせました。

強欲で性格が悪かったため袁紹陣営でも上手く行かず、曹操陣営でも恨まれて結局殺されてしまうという。実に節操のない悪だくみを行う、ある意味自業自得な方です。


「狙いが分かりませんでしょうか、その遊侠やくざから話を聞けませんか」

劉玄徳やくざ殿でしたらうまくやるかと」


劉備さん便利ですね……。関羽さんも塩の密売人でしたし、裏世界には詳しそうです。


三国志の物語では大徳の聖人っぽかったのですが、全然違いますね。いや、人当りは良くって魅力に溢れているんですが、聖人君子では絶対ない感じです。



そこに公明くんが呼びに来ました。


「お嬢様、孟津支部の職人から新しい装飾品の試作品が届いたと」

「あ、行きます!」



 ― ― ― ― ―



董屋敷を出て、歩いて教団支部に向かいます。

今日は女装なので動きづらいんですがちょっと歩くぐらいはいいでしょう。


隣に並んでいる公明くんが世間話を始めました


「最近、少し喧嘩などが増えているんだそうです」

「怖いですね、なにかあるんでしょうか?」


割とみんなの生活はよくしてる実感があるんですが、洛陽はまだ足りないんでしょうか。飢えてる人はだいたい助けてるんですけど。


などと聞いたら公明くんが違うと言います。


「皇太子が決まると言う噂がありますよね」


そうですね。


「皇太子が決まったら大赦があって刑罰が軽くなりますよね」


はい


「だから、今のうちに怨みのあるやつを殴るんです。捕まっても恩赦で解放されるから」


……はぁ???


いやいやいや。


おかしい?!おかしいよ?!なんでですか漢の人?!それは文化が違うっていうか理解できないっ?!



「ああ、噂をすれば喧嘩だ……、後ろへ」


大混乱してくらくらしている私の目の前でケンカが始まりました。

酒屋で酔っ払い同士が掴みあっています。


公明くんと護衛信者がそっちに向かって、私に危害が及ばないように後ろに下げてもらいました。

守られてるな―私。



しかし、恨みがあるから殴るとか殺すとか、文化の高い華夏人ですとか言ってる割に漢人だって実際野蛮ですよね……。まぁ、そもそも一番儒教的に正しい人たちが宦官殺す殺す言ってますし……。



投げ飛ばされた酔っ払いが公明君の方に突進してきます。

護衛信者が立ちふさがって止めているようです。



ここは危ないですね、早めに移動したほうが……。



私が後ろを振り向くと、黒い頭巾を目深まぶかにかぶった人が。


剣を抜いて。


私の方に走って。


私を斬り殺そうと。



嫌。待って。


一族皆殺しの運命が急に頭をよぎります。




気が遠く。


嫌、だめ。


今、気絶したら本当に死……


「宦官におもねる董卓の娘め!死ねい!」

男が叫ぶ。



剣がきらめいて。


私の視界が暗くなりました。






・第四章 終わりです

・唐律疏議 斷獄下20条 「諸聞知有恩赦而故犯,(中略),皆不得以赦原」

のちの唐の法律に「大赦があるを知って故意に犯罪を犯した者は許されない」とあります。つまり、その前はやるやつがいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る