第99話 大損
「お願いします、趙公(趙忠)。いま、父を前線から外せばまた反乱が起きます!」
「はぁ……お話は終わりだっていいましたよね?」
趙忠さんは呆れたように溜息をつきます。
「別に反乱が起きたらおきたで、
その言葉はとても軽いものでした。
……ああ趙忠さん。あなたは帝都の洛陽にずっといるから、辺境の反乱とか心底どうでもいいんですね。
反乱でどれだけ多くの人が苦労して死んだりするとか想像もしたことがないんでしょう。
私は別に怒りも沸きませんでした。それよりも何ができるかです。
賄賂もっと持ってくれば良かったですけど。
考えろ私。金集めをする宦官は一体何なら興味がある?
「反乱が広がったら……また費用がかかりますよ」
趙忠さんの表情がぴくりと動きました。
「父がこのまま対応するのが一番安いです」
「たしかにそれは陛下がお喜びになるでしょうけど……」
趙忠さんが乗ってきたようです。
私の顔を見てまたぞわっとする流し目をくださいました。
「でもね、敗戦にお怒りの陛下をなだめるのは大変なのよ?このまま董将軍をクビにしたほうが私は楽なの。私の苦労は誰が癒してくれるのかしら」
「そのほうが天下のため……」
「少しは手こずるでしょうけど、別に皇甫嵩でもいいのよ。でも皇甫嵩はいくら人事で優遇してもお礼をくれないの」
ぐっ。またそれですか。
「分かるでしょう?人事で優遇されて、予算を獲得出来たら、その一部をお礼として渡すものなのよ?それが人としての常識。社交性があるっていうことなの」
「それは……」
それはやりたくないです。私が稼いだものを上げるならともかく、国費を横領することを董卓パパに進言なんてしたくない……。
私は困って黙り込んでしまいました。
「ね、大人になりなさい。董将軍によろしく伝えてね?」
趙忠さんがすっくと立ちあがりました。
半分のこった
ううう、失敗した……。
そこに大きな影が急に現れました。
「まぁ、
「うん?どうしたんだ
「木鈴ちゃんに貰ったの。奇麗でしょ?」
趙忠さんと同じぐらい太ったまるまるとしたおばあ様です。
シャラリシャラリと髪飾りにつけたローマ金貨を鳴らしています。
「
はい。趙忠さんの奥さんです。
宦官が女官とずっといると、やっぱり男と女ですから、アレがなくてもやっぱり仲良くなるそうで。
結婚……正式な結婚ではないですが、をして一緒になることがあって、これを
趙忠さんの奥さんも現役の女官でもう数十年後宮でお勤めです。
私も後宮にいたときはお世話になりました。
趙忠さんと奥さんはお互い新入りの時からずっと一緒に働いていて仲良くなったとか。
「最近これ、洛陽の市に出回り始めたのだけど、とても人気なのよ?張さんの
じゃらり……
趙忠さんの奥さんの髪やら手やら首についたローマ金貨の装飾品がじゃらじゃらと鳴り響きます。
「どうかしら?」
「おお、似合うぞ。奇麗だな」
趙忠さんが褒めると、奥様はとても嬉しそうに微笑みました。
「うふふ、ほらね?木鈴ちゃんはいい娘じゃない。あと、それは?」
「前に言った
「まぁ、嬉しい」
ぶるんぶるんとお腹を震わせながら、趙忠さんの奥さんが
喜んで貰えてるようです。
「まったく、うちの
趙忠さんが呟きます。
「いえ、他意はなくてですね。良いものができたのできっと
実際、賄賂のつもりではなくて。
もともと装飾品だとか贅沢品を買うのは金持ちの宦官さんたちなんですよね。
だから新製品を一番偉い趙忠さんの奥さんにまず試供品として差し上げたんです。
この人おしゃべりだからすぐに自慢してまわるでしょうから、宦官の奥様たちに一気に売れるかと。
あれ、でもこのタイミングだと賄賂になる?
「……私に賄賂しようって人は多かったけど、私より先に
そうなんですか?
あ、いや。そうか。子供も産めない宦官と結婚するなんてみっともないと思われて、女官の中でも見下されますからね。
趙忠さんが大きくため息をつきました。
「はぁ……まったく。なんですかこれ。金の銭が数枚?……こんなに安く私を買収した人なんていませんよ?」
……ん??
あれ?
「ありがとうございます!!」
深々と趙忠さん夫婦に頭を下げます。
「はぁ、お怒りの陛下をなだめるのは疲れるのよ?収入にもならないし、大損ねこれは」
「あら、
趙忠さんの奥様が趙忠さんに近寄って微笑みます。
近づいたお二人は大変ぽよんぽよんとしてとても平和で重力を感じさせる風景でした。
※
・趙忠夫婦 「また点心(おかし)持ってきなさいよね?」
・歴史書には曹操のお祖母ちゃんの呉氏の記録があります。宦官だったお爺さんの曹騰の妻です。宦官も結婚していたのです。
・いいねくーださい
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