第97話 (閑話)趙忠その3
※第三者視点から趙忠視点です
(
この新任の
思い込みではなく、十分な証拠がある。
意欲的に自分でも見て回り、配下に調べさせた。
反乱軍は完全に追討され、乱に乗じて増えた盗賊の類も討伐され、涼州は明らかに平和であった。
そして反乱した羌族も月氏族も今はおとなしく居住地に戻り、漢人を襲うようなことを厳に慎んでいる。
なのに降伏はしていない。
これは官軍を恐れているとしか思えない。
降伏していないのは
よって、郡県から兵を集め、武威を示せばおとなしく降るはずである。
そこまでの考えの理論はおかしくはない。
刺史は高名な学者であり、過去の戦史も知っている。
戎狄を徳だけで下せるとは思っておらず、武を先に示す必要があると言うのは理解していた。
ただ、事前に使者を送り、そのあたりを反乱した羌や月氏に言い含めることはしていない。
(
官軍の勝利は確定しているのだから、許しを請うならば反乱した者が使者を送ってくるべき。
素朴にそう思っている。
そしてついに皇帝から戎狄討伐の許可を得た。
― ― ― ― ―
軍議は散々であり、董卓はひたすら
刺史の集めた兵を率いるのは各郡の
かれらは
しかし、彼らは董卓に対抗する気持ちが強く、むしろ刺史に同調した。
自然、軍議では董卓に味方する者はおらず、つるし上げのような状態になってしまった。
「遠征などをすれば戎狄のことです、必ずや兵糧の道を狙いましょう。そこを守り切るには準備と訓練が」
「では、董将軍は
刺史の発言に
対羌族の作戦である。
対羌族総司令官である護羌校尉の董卓が後方で兵站を担当し、寄せ集めの郡県の兵を刺史が率いて討伐に向かうという。
(あべこべではないか)
董卓は怒っているが、率いる兵が半減してしまったため発言力がない。
(
あまりにも董卓外しがあからさまなため、董卓はそう疑っている。
そして皇甫嵩の元部下たちにはその気持ちは当然にあった。
董卓に功績を立てさせたくないのだ。
しかし、刺史は皇帝の命令を振りかざしている。
下手に逆らえば逆賊である。
大人しく作戦に従うしかない。
董卓は唯一許された抵抗をするしかなかった。
娘に「皇甫嵩が全部悪い」と書き連ねた手紙を書くことである。
― ― ― ― ―
刺史の大軍の進軍を見た羌・月氏の連合軍は正面から戦うことをしなかった。
小部隊で攻め寄せては騎射をして逃げると言うことを繰り返した。
刺史の軍は郡県の寄せ集めである。
それぞれ違う部将に率いられており、それをまとめて統率すべき刺史に軍事の経験はなかった。
自然、バラバラに攻撃を受けて挑発された部隊がバラバラに追撃を行うことになる。しかし戎狄の軍は追えばあっさり逃げ散る。
バラバラに攻めればバラバラに勝ててしまうのだ。
「見せかけの攻撃じゃ、やつらの本拠地まで至れば大人しく降伏しよう」
刺史は機嫌よく進軍を命じた。
さすがにまずいと感じて兵を集結させようと提案した部下がいたが、刺史はあっさりとそれを却下した。
敵兵は明らかに少ないしやる気がない。
それを恐れるような動きを見せては官軍が侮られてしまうではないか。
「正義の軍は堂々と進軍するだけでよいのだ」
事実は逆である。
羌も月氏も真剣だ。
そして兵が少ないのは本隊を隠しに隠していたためである。
羌と月氏の連合軍は地元の人間に南山と呼ばれる
羌も匈奴も遊牧民族ではあるが、性質はかなり違う。
匈奴は草原で放牧をする民であるが、
羌は山岳で放牧をする民である。
騎兵で山を進むのはお手の物であった。
そして月氏も元は平原の民であったが、草原の覇権を匈奴と争って負けてこのかた、今は羌と混血して同化しつつある。
羌の
董卓は怖いが、新任の刺史とやらは名前も知らん。あんなのは董卓の足元にも及ぶまい。あんな奴らに降伏して家畜を奪われ我らの子女を
その瞬間、
郡県の兵と離れ、バラバラに行進していた漢軍の本隊は羌月氏連合軍の主力に襲われ、瞬時に壊滅した。
刺史は馬車で命からがら逃げだした。
総大将が逃げたため、指揮も何もない。
足の遅い歩兵は刺史が逃げる間の生贄にされたようなものである。
郡県の兵も総大将を失ったのを知ってそれぞれに逃げだした。
総崩れである。
「よい武具を手に入れる機会だ、追え」
もはや羌や月氏から見て、官軍は戦利品に足が生えて走っているようにしか見えない。後ろから騎馬で追いすがっては騎射で背中を撃って殺し、身ぐるみを剥いでいく。
みな略奪に夢中である。兵糧や軍資金を積んだ荷車を発見した部族同士では剣を抜いての奪い合いになってしまった。
幾ら時間が過ぎただろうか、なんとか略奪の混乱が収まったころ。
「
部下の声に
「董」の旗が
― ― ― ― ―
敗報を聞いた董卓は騎兵5千を率いて急行した。
総崩れしている官軍の
その間に敗兵を後方に逃がそうとしたのだ。
董卓は味方の渡河を支援すべく、対岸に進み出て陣を張った。
背水の陣である。
董軍は旗を掲げて羌と月氏の連合軍を睨みつけている。
しかし羌は攻撃をしかけてこない。
「義父上、ここは危なくないですかね?」
娘婿の牛輔が心配そうに具申する。
「危ないから羌の足止めができるのだ」
こうして前線で相手の本隊と睨みあっているから、郡県の兵が何とか逃げられている。
安全なところで見守っていては兵が騎射の的になるだけではないか。
もちろん董卓も敗兵の収容を終え次第、撤退したいのだが、まずいことになった。
「羌が増えてませんかね?」
「増えとるな」
睨みあっているうちに羌・月氏は兵を呼び集めたようで、少しずつ増え続けていた。今はもうざっと見て2万、こちらの4倍にはなっている。
「うむ、だから言ったではないか。精鋭の3万は必要だと」
「私は反対してませんでしたよ?!」
「まぁ、よい。では魚釣りでもしようかの」
「はい??」
董軍は羌・月氏の連合軍を前左右を囲まれ、後ろは河である。
董卓は兵に命じて河で魚を取らせ始めた。
羌族には理解ができない。
「董卓は何をしているんだ、戦うつもりがないのか?」
「兵糧が尽きたんじゃないか?」
「何か策があるんじゃないか、董卓だぞ?」
「董卓だと言って恐れてどうする」
「知らんのか董卓は強いぞ」
「強くても倍で攻めれば勝てるだろ」
「倍か?3倍はいるのでは?」
「おーい、誰か計算できるやつはいないか!」
董卓は涼州や并州で戦うこと百何回。羌族の間で伝説的な活躍を語り継がれる
羌や月氏の戦いは
羌や月氏が董卓の意図を計りかね、計算などしているまま日が暮れ、夜が明けた。
朝日が昇ると、董卓の陣はもぬけの殻だった。
「騙されたっ!?」
羌の
董卓は魚を捕るふりをさせて河の上流に石を積み上げて密かに流れをせき止めていた。夜の間に水量の減った川底を全軍に渡河させると、堰を切って水量を戻したのだ。
水量の戻った河を見て、羌と月氏の連合軍は追撃を断念した。
この戦いで涼州の刺史の率いる郡県の兵は大損害を受けたが、董軍は一兵も損なわずに大勢の怪我人や敗兵を収容して金城に帰りつくことができた。
しかし、羌・月氏連合は反旗を明らかにしてしまった。
こうして
― ― ― ― ―
趙忠は洛陽の自宅で報告書を読んでいる。
(ということですが、まぁ敗北の責任は誰かに負わせないといけませんしね。刺史はクビですが、董卓も皇甫嵩と交代でもさせますか)
朝廷において、皇帝は間違えない。
よって皇帝が命じた戦争であっても負ければ指揮官の責任であり、場合によっては死刑である。
しかしこれだけの敗北なのに、刺史の方からは敗北を取り繕うための賄賂などを贈っても来ない。
高潔なのは大変いいことだ。なので高潔に責任を取ってもらうことにしよう。
「で、董将軍のほうですけどね?」
「あ、はい……あのう、父も頑張りましたので……」
えへへ。と女官姿の
大きな包みを携えている。贈物だろう。
やっと、董卓も董青も社会人らしく賄賂を贈ることを覚えたようだ。
こうやってみんなが常識を守ってくれるならどれだけ政治がやりやすいことか。
(まぁ、この父娘は見込みがありますね)
「あはは……」
董青の表情は引きつっていた。
※
・董青ちゃんはダークサイドに落ちてしまうのか
・後漢書/卷72 董卓伝
「卓為羌胡所囲」「水中偽立堰,以為捕魚,而潜従堰下過軍。」
・いいねくーださい
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