第88話 カエサル

「んーー?C、A、E……」


男装した董卓パパの使者として太守ちじへの挨拶を終えた後、私は用意された宿舎に戻りました。



宿舎には大勢のお客さんと荷馬、荷ラクダが集まっています。

賈詡カクさんと公明コウメイくんが走り回って、諦めて帰ろうとしていた西域の商人をたくさん連れてきてくれたのです。



我々が持ち込んだ大量の絹を見て西域シルクロード粟特ソグド商人の皆様は大喜びです。

彼らも絹を持ち帰れないとせっかくはるばる漢土かんのくにまできたのに無駄足で帰ることになります。

なので諦めきれずに武威で足止めされながらも、ジリジリと待っていてくれたわけで、大変助かりました。


粟特ソグド人は西の砂漠を越えたところのオアシスの民で、砂漠の日差しをうけて浅黒い肌をしていますが、栗色がかった髪の色と茶色い瞳をして彫りの深い顔をしている方々です。商売が大好きで東西に忙しく旅をしてまわっているそうです。


自由な旅はうらやましいですが、武威ブイまで来るだけでも結構大変だったので、今の時代で砂漠を越えて旅をしたいとは思わないです。


さて、早速ですが絹と彼らの持ってきた金、銀、宝石に翡翠などを検品します。

その金の一部に太ったおじさんの顔が描かれていました。


「えっと、NEROネロ CAESARカエサル AVあぶ……AVあぶ……AVGVSTVSアウグストゥス!おーー、皇帝ネロ。あははは、太ってますね!」


ローマ皇帝のネロ。ローマを焼いたと言われたり、演劇や音楽に夢中になってオリンピックにも参加したダメ皇帝ですね。金貨ぐらいもう少しイケメンに彫ってあげてもいいと思うんですがデブです。がっしりしたアゴにパンパンに膨れ上がった首筋、容赦なくデブでした。思わず笑ってしまいます。


「……」

「……」

「アノ……ろーま、モジ、ヨメマス?」


いきなり金貨を拾い上げて笑い出した私を見て、公明くんも賈詡さんも粟特ソグドの商人さんもびっくりしたように私を見ています。


……アルファベット読めたらまずいよね私ぃ?!しかも大秦ローマ皇帝かえさるを知ってたらさすがにおかしい……迂闊うかつぅ?!


え、えっと……


「わ、私についている神様がおしえてくれました!!」

「サスガ!?漢ノヒト、ワカイノニスゴイ!」


粟特ソグドの商人さんはなんか無理やり勢いで納得してくれたようですけど、公明くんが深く頷いています。……納得しないで?!あと賈詡さんは表情消さないでください?!怖いですよ?!




とりあえず無事に取引を終え、荷馬に西域からきた金銀宝石に絨毯などを積み込むことができました。さすがに一年近い交易分が溜まっていましたからものすごい金額になりそうです。一番重要な取引品は天山のふもとの和田ホータンで取れるヒスイですね。私から見ると天竺インドから持ち込まれる宝石のほうが奇麗に思えますが、漢人は翡翠のほうが好きです。男性の装飾品につかうことが多いからでしょうか?


ああ、しかしローマ金貨。このまま持ち帰ったら価値が分からない人たちに鋳つぶされちゃいますね。おデブのネロさん以外にもせっかくいろんな皇帝の顔が彫ってあるのに勿体ないです。この初老の月桂冠かぶったカエサルの金貨とかシブいから欲しいんですけど……ダメですよね。軍資金に戻さないと……。


今回の商売だけは失敗できないんです。だって資本もとでが軍資金ですからね……違うんです、これが成功すれば軍資金は倍にして返せるんです……。ってなんか博打狂いみたいになってしまいました。


一部の商人さんが長安まで連れて行ってくれと言ってましたが、そこは護衛ができないと言って断りました。

だって独占できないじゃないですか。


はやくカタを付けたいのでこれ以上ボロが出る前に長安に戻りましょう……。



「交易って面白いね、見たことないものがたくさん手に入るんだ」

弁くんは初めて見る西域人やいろいろな産物を見てワクワクしています。

そうそう、商売は大事なんですよ。だから農業だけじゃなくて、商工業も差別せずに振興しましょうね……。



あれ?


「ところで、この金貨を包んである布なんでしたっけ?羊毛でも絹でもないですね?」

「ソレハ、木綿こっとん

「……種くださいっ!!!」


漢朝このくにの布はガサガサの麻か、高い絹しかないんです。木綿欲しいです!


綿花の種を粟特ソグド商人さんが西域に戻って探してくれると言ってくれたので、長安か洛陽の董家屋敷まで持ってきたら大量の絹と交換しますと約束しました。

なんとか栽培して……下着にしたいです!!



 ― ― ― ― ―





商売は上手くいったので後は帰るだけとなりました。


最後の気がかり、賈詡さんと面談します。はたして本当に心服してくれているんでしょうか?

賈詡さんをまだ信用していない公明くんに見張ってもらいながら、まずは今回のお礼を言います。


「賈詡、商賈あきんどを集めてくれてありがとう」

「ははっ、お嬢様のお役にたてて光栄至極」


賈詡さんが深々とお辞儀をします。


「……この間はお金稼ぎの案を献策してくれてありがとう、でも羌や月氏の信頼を失うような案は困るのです」

前回の羌と月氏を仲たがいさせて両方殺そうって案ですね。ただあれで怨みが残ったら涼州が安定しないわけでそれは困るんです。


「そうですな、手っ取り早い収入をということで考えましたが、信頼が必要であれば違う案をお出ししました。献策というのは主人の求めるものを正確に把握できて初めて正しい献策ができます」

「そこは最初に条件を全部説明すべきでしたね……」


確かにそうですね。私の目標が分からないのに「カネ稼ぎ」とだけ言ったからそういう案がでてきたわけで……。

だから軍師として活躍してもらうには、私の事情や目的もできるだけ話して理解して貰ったほうがいいんでしょうね。


あれ?


「さっき、お嬢様って言いました?なんでわかったんです?!」

「ああ、やはり主公とのは女性でしたか、いやなんとなくそうかなと」

こともなげに言う賈詡さん。


「………」

また騙されたーっ?!





・現在は中平二年(紀元185年)

・ローマ金貨が洛陽で出土したことがあり、東西交易でのつながりを感じさせます。

・ローマから漢まで交易交易で100年以上かけて流通していたようです。

・ガイウス・ユリウス・カエサル (紀元前100年 - 紀元前44年)

・ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス (紀元 37年 - 68年)

・いーねくーださい

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