第67話 道教との戦い

洛陽郊外、河水コウガを渡るための孟津モウシンの渡しの近く。



人里や街道から離れた山裾に河伯教団の孟津支部があります。


大勢の人が産業に従事しています。

いつもの点心おかし作りのための粉ひき、石窯づくり。

家づくりや防柵作り。


残念ながらこちらの拠点では石炭が出なかったので、火力が必要な産業は控えめにしています。生活に必要な分は河東から送ってもらいますが。

孟津支部で主力にしているのが装飾品づくりです。


洛陽といえば金持ちが多い。そして髪飾りが異常に高かったように、装飾品の需要は多いのですが、供給は足りてないようです。ここで手間の込んだ装飾品をいくつか作るだけで月収分は稼げます。


特に需要のあるものを調査して、髪飾りや男用の佩環べるとかざり、腕輪などを作っていきます。


洛陽には腕のいい職人も大勢いるので、さっそく雇って仕事を教えてもらうことにしました。


糸は買って、布を織って染色を行い。金具やら瑠璃ガラス玉は河東の河伯里カハクむらで作っているのを持ってこさせて、孟津支部モウシンしぶでは主に組み立てを行います。


せっかくなので、もともと欲しかった装飾品を作りまくってもらいましょうか!


「これに瑠璃ガラス玉と磨いた石を交互につないでいくと、ほら奇麗な首飾りになります!」

「おおー」

「こちらは色を付けた布を筒状に縫い合わせて、そして中に入れた紐をしゅっと絞ると……はい、髪留しゅしゅの完成です!」

「おー!!」


さっそく試作品で髪を後ろでまとめて、まとめ髪ぽにーてーるっぽくしてみました。うん、これもいいですねー。


……



……




「うーん、売れるものと売れないものが激しいですね。しかも毎日売れ行きが違う……??」


今までは日用品や数を売るものばかり扱っていたので気が付きませんでしたが、装飾品は売れ行きの増減が激しいようです。


まぁ、それはそうですよね。その時の流行とか好みがあるし。たまたまその色が好みだったら売れるでしょうけど、そういう人が来るかは運ですし。



「よし、じゃあ、さらに色数と種類を増やしましょう。どれかは売れるはず」


一気に販売する種類を増やしていきます。染料を買う頻度が上がってきたので、染料畑を作成。いつもの果実畑や薬草園、牧場に新しい顔ぶれが並びました。


布の消費量も増えてきたので、本格的に織物工房も作っていきます。織機はこの時代の各家庭にあるものなので、その辺の奥さんでもできるのがいいですね。


……



……



「ぐっ、種類が増えすぎてどれが売れてどれが売れなくてどれを作ればいいのかわからない……」


いろんな種類を作らせて、売れたものをさらに作る……ということをしたいのですが、信者さんたちに報告させてもどれが売れたかを正確に把握していないことが判明してしまいました。


「たしか赤が2個……いや青が2個で、黄が1個で……」

「……」


いや、これじゃあ何が売れて何を作ればいいのか全く分からない……自分で売りに行ってたんじゃ他の仕事ができません。


急いで学校を作って読み書きやら算数を教え始めていますが、もっと簡単に在庫管理する仕組みが必要ですね……


販売した時点で情報を収集できる仕組みがあればいいんですが……。

そしてその情報を見て在庫を補充するように指示出しを。


「あ、そっか。値札をつければいいんだ」



というわけで、ちまちまと竹片を削って小さな値札を作り。


髪留しゅしゅ・黄・絹、五十銭、戌第三イヌの3」、

腕輪ぶれすれっと・青・瑠璃、百銭、申第二サルの2

などと商品情報を書き込みました。


文字が読めなくてもわかるように、干支えとの絵と線の本数で識別できるようにもしてあります。



そして、工房にはその商品の見本と値札入れを置いておきます。


まず、職人が商品を生産したら値札をつけて出荷用の箱に入れます。

箱に入れた商品は洛陽に出荷され、市場に並びます。

売れたら商品をお客さんに渡し、値札と売り上げを箱にいれます。

商品の箱に入った値札と売り上げを集計したら、値札を工房の値札入れに戻します。

職人はその値札が戻ってきたのを拾って、生産して最初に戻ります。


あとは何も言わなくても売れた商品が自動的に生産され、売り上げが集計されるのです!


いやぁ、なんでこれを帳簿つけでちまちまやろうとしてたんですかね。やってることを整理したら極めて単純化できました。


女官の仕事もあるんで私が居なくても回る仕組みが必要なんですよね!




 ― ― ― ― ―



そして、順調に里を育てつつあるある日。


私は洗沐おふろやすみを貰ったので、本日は謎の美少女巫女姿です。

今日も一日、洛陽城外の難民たちを勧誘りくるーとするために熟練信者ぷろしんじゃさんたちと炊き出しを行っています。


突然、道士風の身なりをした一団がやってきました。

「河伯の巫女などと名乗り、民に怪しい術を教えているのはお前らか」


む、信者集めをしているからそろそろどこか文句を言ってくるかと思いましたが、道教が先に攻めてきたようですね。


私は信者さんたちを抑えて、おとなしく応対します。


「ええ、そうですが。あなたは?」

「我らは嵩山の道士だ!今すぐ怪しげな舞をやめ、怪しげなものを食べさすのをやめさせよ。民が苦しんでおる」


はぁ?うちの健康体操らじおたいそうのどこが悪いんですか。


私が納得しないので、道士がしゃべり続けます。

「導引の術には正しいやり方があるのだ。間違ったやり方では気が上手く循環せずむしろ身体に害である。その方らのために言っているのだ」

「何を言う!我らはこのやり方で病を治し、健康そのものだ!」

「そうだ、河伯の教えに従ってから身体の調子がよく、子供もほとんど風邪で寝込まなくなったぞ!」


一斉に熟練信者ぷろしんじゃさんたちが反論しますが、道士は動じません。


「それは気の迷いだ。しかも食事も肉や酪などの生臭をよしとするとは何もわかっておらん。健康長寿のためには食事は少なくすべきなのだ」

「いや、それはおかしいですよね。いろんなものを偏りなく食べるのが健康への道です。食事が足りなくて困っている人がこんなに居ますよ?」


さすがに無茶が過ぎるので私も反論します。


「それは違う。みよ、こちらの老師せんせいは五穀を断ってもう百年になろうとしているが健康そのものだ」


道士の団体の奥になんか一人のお爺さん、老道士が居ます。

いや、百年も五穀を食べないって本気ですか。


まぁ、完全に年齢はサバを読んでるでしょうけど、五穀を食べないって本当の仙人?

たしかにそんな修行をしていたら、みんなびっくりして信者も増えるでしょう……。


「なるほど、では健康かどうか見させてください」

「見るがよい」


老道士は鷹揚に許して、一歩前にでました。


近づいて顔色を見ますが……うーん。割と健康に見えますね。

本当に霞を食って生きているとすると本物の仙人なのでしょうか?


「どうだ、道術を極めればこのように長寿が得られるのだ。そなたらも弟子入りするならば認めてやらんでもないぞ?」

「……」


老道士が口を開きます。どうも我々を傘下に加えたいようです。

その瞬間、周囲に甘酸っぱいにおいが漂いました。


あれ?この匂い、どこかで……??


たしか、糖質制限をしてるとたしか。

するとこのお爺さん……?



「なるほど、確かに五穀は断っておられるようです。大変立派な道士様とお見受けします」

私は老道士にお辞儀しながらすり寄ります。


そして老道士にだけ聞こえる声で告げました。


「……五穀断って肉食べてますね?」

「な、な、何をいうか!」


糖質制限をして、タンパク質中心の生活をしていると、体臭が甘酸っぱくなるんです。

つまり、この爺さんは穀物をやめて、こっそり肉を食べているはず。


老道士は目に見えて取り乱し始めました。証拠なんてないのにこの慌てよう。真っ黒ですね。


「おのれ、世迷言を!」

「残念ですが、我らの道は違うようですので、それぞれで健康長寿を目指したく思います」


私は丁寧にお断りを申し上げましたが、道士たちはなっとくしないようです。


「間違った道術を広めるなど許されぬぞ!」

道士たちがいきり立ち、うちの信者さんたちも詰め寄り始めました。

うう、喧嘩はしたくないんですが……。



何とかなりませんかね?お爺さん。


私は老道士に目で合図を送ります。喧嘩したくないんですけどーー。


上目遣いでお願いする私の顔をみて、老道士さんがビクっとしました。


「……ええい、こんなやつらと関わっていては気が乱れる!帰るぞ!」

「えっ?……は、はい老師せんせい!」


良かった、帰ってくれました……。


私は剣を抜こうとしていた公明くんと子龍さんを何とかなだめて、炊き出しに戻ります。

喧嘩は嫌なんですよね。相手が怪我するし……。







※参考

・ケトン臭   : 糖質ダイエットをすると脂肪中心の代謝に切り替わるため独特の甘酸っぱいにおいがします

・カンバン方式 : トヨタ自動車で採用されている生産管理システムで在庫と看板を引き換えに生産することで適正在庫を保つことができます。

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