第61話 売官の弊害

なぜか、何皇后カこうごうからのご指導が無くなってしまった董青トウセイです。


点心おかしを差し上げただけなんですが、嫌われてしまったのでしょうか……。


いちおう礼法だとか楽器なんかも花嫁修業なのでマジメに頑張っていたのですが、頑張りの成果を見ていただけないのは大変悲しいことです。



ということで、またまた何回ぶりの洗沐おふろやすみです。


奇麗に身体を洗って、髪も洗って。

服を着替えて……と。


うーん、いい服がないですね。女官の制服は洗濯中ですし、まさか巫女服を着ていくわけにいかないですし。


「おい、さすがにちゃんとした服装しとけよ?まさか男装とかしないだろうな?」

「わかってますよ叔父上」


董旻トウビン叔父様が、からかい気味に声をかけてきます。


そうなんです、今日は司馬家とのお見合い……じゃないただの顔見せの日なんです。


しかし、服はごく普通のしかないですし、髪飾りの一つもないですね。別に奇麗に見せたいわけじゃないんですが、あまりちゃんとしてないのも無礼なめられそうで。


飾りの類が何故ないのかというと、私の仙女えんじぇる董白トウハクちゃんにいろいろ贈物ぷれぜんとしたり、商売に使っちゃったからですね。


で、一番奇麗な格好は巫女服の一揃せっとになります。さすがにこれは特殊趣味すぎる……



というわけで今日の私は普通の娘の恰好です。頭に差すちょうどいいお花でもないでしょうか。


お屋敷をぐるりと回って、いいものがなかったので捜索のために中庭に出ました。


「お嬢様!おはようございます!」

「おはよう、公明くん、あと子龍シリュウさんも」

「おはようございます」


中庭には徐晃ジョコウ公明くんと趙雲チョウウン子龍さんが居ました。どうも剣の練習をしていたみたいです。


公明くんの師匠の李傕リカクさんが董卓トウタクパパのお供で長安にいますからね。ちょうどいい訓練相手が見つかってよかったです。


あれ?なんか公明くんがオドオドしてますね。どうしたんでしょう。

なんか趙雲さんに肩を叩かれて一歩前に出ます。


「あ、あのお嬢様、これ……似合うと思いました!」

「あら、ありがとう!」


前に市場で似合うと言ってもらった黄色い布の髪飾りです!

花を模した彫り物がついていてなかなか可愛い仕上がりです。


「いいの?高かったのでは」

確か、200銭、つまり20日分の食費相当額はしたはずです。


「いえ、商売のお手伝いでお金をいただきましたので大丈夫です。あと前回はお勧めしたのに、買えなくてお嬢様に恥をかかせてしまいました。これで許してください」


「ふふ、もう、そんなの気にしなくていいのに」

そもそも前回お金が足りなかったのは私が考えなしに使いまくったせいで。まぁ、これは丁度いいので、今日つけさせてもらいますか。



「……」

気が付くと茶色の髪をしたふわふわと可愛らしい少女がじっと私を見ていました。董白ちゃんです。


うきうきして董白ちゃんに声を掛けます。くるりと一回転して自分の姿を見せながら。

「ねぇ、公明コウメイくんに貰ったの。似合う?」

「……お姉さま。似合うけど……お見合いにそれつけていくのはどうかと思うのじゃ……」


なんか白ちゃんが冷たい感じで言ってきます。だからお見合いじゃないってば。


「えっ?!お見合いなんですか……?!そ、それは……」


ほら、公明君が驚いて気落ちしちゃってるじゃない。


「違いますってば。お見合いじゃないです。父上と叔父上がうるさいから会うんですけど、断るつもりですからね!」

「そ、そうですか!」


よし、武装は完璧ですね。では行ってきます!



 ……


 ……



「お見合いは断るのに、公明の髪飾りはつけてくれるというのは、脈があるのでは?」

「いえ、子龍さん……お姉さまはアレ、何もわかってないのじゃ……。公明さん、ごめんなさいなのじゃ」

「いえ?!白お嬢様、僕はなにもそんなつもりないですから!!!この間のお詫びなだけですから!」




 ー ー ー ー ー




奇麗に掃き清められた上品な部屋に机と椅子。

歓迎のために用意した麦茶と餅乾くっきーはなぜか手を付けられずに、目の前の背の高い青年、司馬朗シバロウ伯達ハクタツは静かに言いました。


「女が政治の話とは感心しませんね」


むかっ。


貴方が最近の宮中はどうなんですかと聞いたから、黒山軍の話をしたのに!!!


「宮中では歌や舞の修行をしているとお伺いしましたが」

「してますけど、書物のほうが私は好きでして」


お前が気に入りそうな話題はしてあげません!


「女があまり本を読むのはどうかと思います」

「あら、女性でも書を読む人は多いですよ?」

「書を読んで政治に興味を出すのは女の仕事ではありません。家の管理をきっちりするという基本をおろそかにするのはどうかと」


いちいちムカつく人ですね。この人は。


「女ならだめなら、男なら政治の話をしてもよいのですか?」

「いえ、誰でもよいわけではありません。きちんと学問を修め、官途についている男でないと」

「官職についてる男ならいいんですね?!」

「………はい?」


ちょっと待ってなさい!!


……


……



ぽかんとした司馬朗さんを置き去りにした私は、しばらくして帰ってきました。


「はじめまして、童子郎かんぶこうほせいの司馬伯達殿。河東郡の破賊校尉さんぞくたんとうたいさ董木鈴トウモクレイと申します」


河東郡の太守からもらった官服せいふく官印綬みぶんしょうをつけて、丁寧にお辞儀をします。


「……はじめまして、董木鈴どの……お、男だったのですか?」

「今の私は男です、官職も官服も印綬も正規のものですよ」


「……はぁ、わかりました」


司馬朗がぽかーーんとしています。よし勝った。



「で、黒山賊の降伏ですが、いかがお考えです?」

「あれは陛下の威徳がよく示された案件でしたな。賊であっても人徳を示すことで自ら入朝してくる。これは正義の政治と言えましょう」

「ふふ、あれを提案したのは董家ですよ」

「な、なるほど……それは良い提案をされました」


ふん、どうですか。参りましたか。どやぁ。


「で、司馬殿は昨今の政治についてどうお考えですか?」

「銭に支配されすぎていると思います。特に売官の弊害へいがいひどい。以前、鉅鹿キョロク太守が任官に際して三百万銭を求められ、抗議の自殺をしましたが、政治は改まりませんでした」


すごく無念な顔をしています……たしか、河内郡の司馬直って人だから、司馬朗の親戚かもですね。


「しかし、朝廷はお金が足りないのだそうです。現に反乱の討伐もすすまず、宮殿が焼けたのに修復すらままなりません。銭を集めるのは仕方がないことなのでは?」

「いえ、それは結局、民から剥ぎ取るだけのこと。よろしくありません。量入以為出いるをはかりていずるをなすと言います。そもそも収入より多く支出してはならないのです」


儒教的に正しい考えですね。でもそれで足元の問題は解決するんですか?


「それでは、焼けた宮殿や反乱の討伐はどうします?」

「宮殿が焼けても洛陽に建物は多いので今すぐ問題はなく、反乱は宦官をころし、徳を示して政治を改めれば治まります。そうすれば宮殿を修復するぐらいの銭はいくらでも余りましょう」


……あー、名士が政権取れない理由分かりました……。今、銭が足りないのに、銭を集めるどころか、こんなことしか言わないんですもの。で、政権から追放されてムカつくから二言目には宦官倒せとしか言わない。


だったら実際に金集めができる宦官のほうを使うってのが皇帝の考えなんでしょうね。宦官を倒しちゃったら金集めが止まるわけですから。


実際に官位を買っている人は各地の豪族から多く出ているわけです。つまり銭持ってるんですよね。免税の奴隷をかき集めて自分の土地を耕作させて。



「なるほど、卓見すばらしいいけんです。大変勉強になりました。ではそろそろ失礼します」


実に丁寧にお辞儀をして面談を打ち切りました。


……名士、駄目ですね!



……


……



「男装はするなと言ったよな?!暴れてお見合いをぶっ壊すとは何事だ!」

叔父上に怒られました。


で、でもお見合いじゃないっていったじゃないですかー?!

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