第59話 義理を大事に
劉備さんたち三兄弟を派遣してしばらく経ったころ。
劉備さんたちと同行していた
何か言いたいことが有るなら劉備さんたちと一緒に会えばいいのに、わざわざ内密に、河伯の巫女をご指名です。なんでしょう?公明くんが気にして護衛を増やしてますが、楊奉さんが顔をつないでくれていますし、悪いことではないと思います。
洛陽城の郊外、指定された場所で楊奉さんたちと落ち合います。
そこには黒山軍の使者が待っていました。
前にお会いした
そして護衛の山賊たちの中にひときわ目立つ人が一人。
「親分、あちらのお方が河伯の巫女です」
「……あなたが河伯の巫女殿か。俺は黒山軍の
「初めまして、河伯の巫女です、黒山軍の大親分様にはお初にお目にかかります」
丁寧にお辞儀をしますが、張燕さんは鋭くこちらを見据えてきて、なんか居心地が悪いですね。
そうだ!こういう場合はまず食べ物で攻めましょう。この間からいろいろ作れるようになって楽しくてですね。
というわけで、新作の
搾りたての牛乳にお酢を加えて、凝固させたものに塩と砂糖水を加え、卵と小麦粉を加えて練って焼いたものです。
「あ、こちら手土産です、私が焼いたんですよどうぞ」
「……お、おお?」
なんか張燕さんがオドオドしてますね。ふふふ、さては予想してませんでしたね?!
なんかジーーっと
「あ、毒は入ってませんよ?この通り」
一切れつまんで口に入れます。
んー、なめらかな
私が食べたのをみて、恐る恐る張燕さんも口に入れました。
「ちょっ、ちょっ……これは濃厚な味だぜ」
舌を打って喜ぶ張燕さん。キリリとした眉毛が下がります。
うんうん、機嫌が直ったようですね。
さて、本題です。
「この度は朝廷への降伏を申し出ていただいてありがとうございます」
「……いや、そのまえに巫女を見ておきたいと思ったんだぜ」
はて、こんな私を見てどうしようというのでしょうか。
「はぁ、ご覧の通り美少女巫女ですので、見たくなるのは分かります」
「ちょっ、ちょっ……自分で言うのかよ。まぁ、噂に聞いた通り若くて奇麗だけどな」
舌打ちをして戸惑う張燕さん。
ふふ。お世辞を言ってもしょうがないですよ。あと何皇后様のほうがずっと美女ですからね。
ニコニコしている私の反応にかまわず、張燕さんは話をつづけました。
「河東の状況は調べた。河伯の教団は良いな。
「ありがとうございます……あと山賊じゃないです」
お辞儀をして訂正する私。でも張燕さんは気にせずに話を続けます。
「どうする?あの教えは素晴らしいと思うが、今後はどうやって広めていくんだ?天下万民に河伯の教えを広める予定か?」
「いえ?そんな面倒なことはしません。あくまで貧乏な方や難民の方を受け入れたのでああいう形になっただけで」
……張燕さんの表情が固まりました。何か問題でもあったんでしょうか。
「いや、本心を聞かせてほしいんだぜ?」
「本心ですよ?」
当たり前です、別に新興宗教の教祖とかやりたいわけじゃないですし、分かりやすいので教団は名乗ってますが実際にはただの生協組合みたいなものです。私は魔法も
「ならば何が目的だ。なぜ洛陽にいる、洛陽で教団を広めるためではないのか」
ふむ、そこですか。父上に宮中に押し込められたから、ですが……。それは女官の私の話ですね。巫女の私としては。
「
また、虚を突かれたように表情が固まる張燕さん、一拍置いて聞き返してきます。
「宦官を?」
「あなた方に降伏していただくのはあくまでも朝廷の財政破綻を防ぐためです。反乱があり、討伐のために重税があり、重税で反乱が起きていてはこの国は滅ぶしかありません」
「それは趙子龍からも聞いたぜ」
そこまでは前回話しましたしね。
「ですが、降伏いただいて重税を防いだとしても、それは出血を止めただけ。本当の病巣は見えていません。そこを探しています」
「ちょっ、ちょっ……そこまで考えていたのか……」
張燕さんは舌打ちをしながら、何か迷ったように首をひねると、キリッと吊り上がっていた眉を下げて言いました。
「わかった、疑ってすまねえ。劉玄徳の言うことも
「何をお疑いだったんです?」
「いや、河伯教団が次の黄巾党になるかもと思ってたんだ。だが、別に怪しい教えを広めているわけでもなく、仕事をしてるだけ。ただ、ひょっとすると俺らを降伏させるのを伝手に朝廷に食い込んで布教してるのかと思ったんだ」
「そんな面倒なことはしませんよ」
いやいや考えすぎです。私は自分が降伏して上手くいったからそれをそのまま使いたいだけで。
「そうだったら殺しておくつもりだった」
張燕さんがチラリと袖から何かを出します……袖の中に短剣握っておられましたぁああ?!!
ひっ!?と後ずさったのと同時に、公明くんが抜刀して飛び出してきて、前に出てくれます。
楊奉さんは一拍遅れてあたふたと公明くんの横に出ました。
剣を抜いて睨みつける公明君たちを見て、張燕さんは舌打ちをしながら言います。
「ちょっ、ちょっ……、大丈夫だ。もう信用した」
「……私殺されかけてたんですが?!」
「信用したって言ってんだろ。文句あんのか」
……むかっ。
失礼ですねと言いかけたところで。
「親分、それは義に反する!劉玄徳さまの説得で納得しておられたではないか!!それなのに巫女を暗殺しようとするなど!」
なんと、隣に立っていた趙雲さんが代わりに噛みついてくれました。
「ちょっ、ちょっ……、なんだおい下っ端の癖に偉そうに」
「下っ端かどうかなど関係ない!巫女は朝廷から使者を派遣すると、それなりの身分の者を派遣すると約束した!その約束を守って
趙雲さんの剣幕に張燕さんも押され気味です。
「……誤解してただけだ、分かったよ。巫女さんよ。貸しにしてくれや。必ず返す」
「……わかりました」
なんかスッキリしませんが、言いたいことは趙雲さんが言ってくれたのでまあいいでしょう。
「おい、それとは別に子龍よ、親分に向かってその口の聞き方は許せんな。おい」
張燕さんの声で、護衛の山賊たちがぐるりと趙雲さんを取り囲みます。
「ちょっと
「待ってください!」
待って待って?!人の前で何をしようとしてんの?
「待たねえよ、巫女さんよ。そっちの教団には口出ししねえが、黒山軍の掟にも口出しはやめてもらいてえぜ?親分に逆らうのはうちの軍では御法度なんでな?なぁ子龍よ」
「……わかっている」
山賊たちが鞘を付けたままの剣を振りかぶります。一斉に滅多打ちにするつもりでしょう……。いやいや。
私は夢中になって叫びました。
「親分さん!!貸し!!貸し返してください!」
「あ?」
張燕さんがこちらを睨んできます。
「趙子龍さんを許してあげてください!」
「ちっ……わかったぜ、引け」
張燕さんの指示で山賊たちが一斉に引きます。
「おい、子龍よ。悪いが親分に逆らうやつは黒山軍には置いておけねえ、どこにでも行きな」
「……ああ、こちらも愛想が尽きたところだ」
「ふん」
趙雲さんは張燕さんに丁寧にお辞儀をし、去っていきました……
― ― ― ― ―
その後、なんとか無事に張燕さんの降伏の儀式も終わりました。張燕さんと黒山軍の
これで朝廷の計画していた黒山軍討伐も取りやめになり、巨額の費用が浮いたことになります。
董旻叔父様は何進大将軍から褒美を頂き、劉備さんたちも晴れて何進大将軍府に武官として仕えることになりました。
めでたしめでたし……
……
……
「なんで居るんですか」
「巫女様に命を救っていただいたのだ、お返しするまではどこにも行けぬ」
董家の門前に座り込んでいたがっしりとした顔つきの青年、趙雲さんを見つけたのはしばらくしてからでした。
「あ、あの、一応巫女というのは秘密なので、屋敷ではお嬢様と呼んでいただけると」
「かしこまった」
なんか懐かれたーー?!
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