死して初めて気付く愛②
「フィオラが倒れただって!?」
電信板を手にしながらロンダークは声を上げた。 だが同時に視界の端で実験の反応に良好なものが見られていた。
後に同様の結果が得られるとは限らないため、すぐに記録を取らなければ全てが失われてしまうかもしれない。 フィオラの容体は電信板の情報だけで見ると過労。
確かに倒れたことは心配であるが、すぐさまどうこうしてしまうというわけではないだろう。 そのような考えから研究に足を向ける。
ただロンダークは過労がどれ程深刻かということを理解していなかった。 必死に記録を取り、そして病院へ向かう。
そのような浅はかな考えは、しばらくして追加で送られてきたメッセージで吹き飛ぶことになった。
『今夜が山となる可能性もある緊急の容態です。 娘さんもお待ちしておりますので、すぐに向かってください』
最初の連絡からすると数時間が経過している。 家族のため、そんな言葉を言い訳にし研究に没頭していた自分を恥じた。
―――すまない、フィオラ。
―――俺は何をやっているんだ・・・!
片付けもせずに病院へと向かう。 着いた頃にはすっかりと日が落ちかけていた。
「お父さん! 何やってたの!?」
「す、すまん・・・。 本当にすまない」
「謝っても仕方がないよ!」
フィオラは病室で横たわっており、その横にはアーシュがいる。 学校へ行く前に倒れ娘が医者を呼んだらしい。 となると相当に時間が過ぎてしまっている。
「フィオラは大丈夫なのか!?」
「分かんない・・・。 だけどお医者さんが、お父さんが来たら話があるって」
そう言われ妻を担当している先生のもとへ向かって話を聞いた。
「原因はお話した通り過労です」
―――・・・やはり俺が、フィオラに負担をかけ過ぎてしまったのか・・・?
「それで、過労の具合はどのくらいですか・・・?」
先生はそれを聞いて言いにくそうに言った。
「真に言いにくいのですが、血管がいくつも破裂し予断を許さない状況です。 随分と無理をされていたのでしょう。 治療を続けていきますが、治る保証はできません」
「なッ・・・」
回復魔法も魂魄魔法と同様の原理なため、成果の上がっていない分野だ。 魔法の力は便利だが万能ではない。
魔力の外部供給による体力の回復や自然治癒の促進は可能だが、フィオラには既に施されているようだった。 先生との話が終わり病室へと戻った。
「お父さん・・・。 お母さんは大丈夫なの?」
「・・・」
ロンダークは答えることができなかった。
「・・・ごめんな。 お父さんのせいで」
「え?」
「絶対に何とかしてみせるから。 アーシュはここでお母さんのことを見守っていてくれ」
そう言ってロンダークは病室を出た。
―――まだ上手くいく保証はない。
―――寧ろ失敗する可能性の方が高いだろう。
―――それでも俺が家族のために何かをしてやれるとするのならば、今日この日を逃して他にはない。
昨日、今日と着実に成功への道を進んでいた魔法の研究。 この先どれ程の年月を必要とするのか分からないが、いずれは大成する可能性も十分あった。 だがフィオラの状態はそれを待ってはいられない。
―――未完成でもやるしかない。
「フィオラ・・・。 アーシュ・・・」
自分で口に出して二人の大切さを噛み締めてみる。 志半ばに朽ちることになる無念は確かにある。 だが二人の幸福のためならば自分の命を犠牲にしてもいいと思っていた。
―――最悪のケースは考えるな。
―――魂魄魔法には想いの力が作用する。
―――絶対に成功させるという気概でやるしかない!
研究所へと辿り着き必要な道具を揃える。 そしてその最たるモノが対象と同様の代償。 完成していれば魂の損傷を別の誰かと分かち合い快復することができた。
死んだマウスに生きたマウスを代償とすることで、多少弱くなった二匹のマウスになったのだ。
―――これが魂魄魔法を禁忌に追いやっている理由の一つだ。
―――無条件の力など、それこそ信用に足らない。
―――ただ現状ではどんな副作用が起きるのかも分からない。
―――だけど時間がないんだ。
―――最悪、俺の命と引き換えでもいい。
ロンダークは準備を終えフィオラの入院する病院へと戻った。 幸いアーシュの姿はなく、フィオラがベッドで寝ているだけだった。
「貴方・・・。 私がこんな状態になっても、まだ研究が大事なの・・・?」
フィオラは目覚めておりロンダークが持つ道具を見てそう言った。 そんな彼女に残酷な宣言をすることになる。
「すまない。 生きているうちは魂魄魔法は使えない。 死して時間が経つと身体の組織が次第に死んでいってしまう。 だから・・・」
「貴方・・・。 止めて・・・ッ」
ロンダークはフィオラの首をゆっくりと締め上げる。 何か不都合が起きる前に綺麗に逝かせてやる必要があるためだ。
―――こうしなければ、魂魄魔法は使えないから。
そう頭で分かっていても、ずっと大切にしてきた家族に手をかけるのは辛過ぎた。
「フィオラ・・・」
涙を流しながらフィオラが迅速に逝けるよう強く強く絞める。
「うぅッ・・・」
白目を向くフィオラの姿から決して目を離すまいと思っていた。 ここまで彼女に負担をかけ続けた業、それを抱き続けていかなければならないのだ。
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