死して初めて気付く愛

ゆーり。

死して初めて気付く愛①




「これでもまだ足りないか」


ガラス管に満たされた生理食塩水の中で実験用魔物の死骸が僅かに蠢いている。 持続的に魔力を注入してやることでその勢いは活性化するものの、継続的な状態は保たれない。 

どうやら魔法式に不完全なところがあったようだ。


―――魂魄を根源的に復元する魔法。

―――それが完成したら救われる人が多いはずなのに。 


小さな昆虫から始まり、実験用マウス、野良犬、と少しずつ対象の身体容量を増やしながら実験を進めてきた。 だがそれまでで、人に近しい魂の復元にはまだ至っていない。 

少しずつ手応えは掴みつつあるものの、禁忌とされてきた魔法の開発がそう簡単に完了するはずがなかった。


「またギルドに依頼を出しておかないとな。 やれやれ、変な噂が立つばかりだが仕方がない」


ちらりと電信板を見ると、妻のフィオラからメッセージがいくつも入っていた。


『早く帰ってきてちょうだい。 貴方の如何わしい研究で変な噂が立っているのよ? それにかかるお金も馬鹿にならないし・・・』


ロンダークは元々、高給取りでもある魔法学者として身を立てていた。 そんな自分の下に嫁いで将来安泰と思っていた彼女には今でも悪いと思っている。 だがそれでも研究を止める気はさらさらなかった。


『お前には苦労をかけて悪いとは思っている。 だけどこの研究は、俺じゃないと駄目なんだ』

『もう。 何を言っても聞かないんだから。 でもアーシュのことだけは気にかけてあげてよね』


アーシュとは二人の間の娘で、去年魔法学校に入学したばかりだ。 家庭のことも娘の世話もフィオラに任せきり。 

だが一人で実験をしているため、自分が休めばそれだけ開発が遅れるということになってしまう。


―――どんなに否定されても俺はやり遂げる。

―――研究には意味があり、必ず必要とされる時が来るはずだ。


魔法学者から禁忌の魔法研究者に転向したきっかけは娘の誕生だった。 生命の育みを見て感じ、感銘を受けた。 魂と身近に触れることでそれを守り治せる力を求むようになったのだ。 

ただ禁忌を破るものは死罪、とまではいかないが人に後ろ指を刺され決して認められることはない。 

何故魂魄魔法が禁忌と定められているのかは諸説あるが、人の自然な生命を捻じ曲げることがよくないだとか、遺伝的に副作用があるだとか、悪用されれば人の世が滅茶苦茶になるだとか色々と言われていた。


―――何だって使いようだろう?

―――悪用されることを前提としていたら、何も発展していくわけがない。


実験用器具と死骸を片付けながら電信板でフィオラとやり取りする。 確かに研究に没頭している時に時間を忘れることはあるが、帰りが遅くなっても必ず家に帰るようにはしていた。 

研究所を出るとギルドに向かい依頼を出す。 正直なところ、自分で実験材料を取りにいく方が資金面からもよいが、こうしてこそ社会が上手く回っていくと思っている。


「また生け捕りの依頼か。 何に使っているのか知りやしねぇが、町の秩序を乱すようなことはしてくれるなよ?」

「俺は依頼と金を出す。 アンタはそれを告知する。 それに集った人間が依頼を達成し報酬を得る。 ギブアンドテイクだろう?」

「まぁな。 俺としては金さえ払ってもらえば文句はねぇよ。 ただ何かあったら今度はウチが依頼を出すことになるからな」

「分かってる」


ギルド管理者とのこのようなやり取りも慣れたものだ。 

ロンダークが禁忌の魔法研究をしていることは薄々気付いているだろうが、結局誰にも迷惑はかけてはいないためギルドからしてみればいい客ということなのだ。 

確かにそれが知れ渡れば魔法研究者からは鼻つまみ者とされてしまう。 しかし、一般人からしてみれば多少薄気味悪いという程度であまり関わることがない。 

ちなみに依頼に関しての資金はロンダーク魔法学者時代に築いた貯蓄を切り崩して捻出している。 だが協力者のいないロンダークは資金を得る手段が他にない。 

本来、家庭のために使われるお金も全て研究費に回してしまっているため、生活費その他の支出は全てフィオラが家事育児の合間に稼いでいる。 

ロンダーク自身、それを悪いと思っていないわけではないが、どうすることもできないと思っていた。 研究を止めれば一人で行ってる都合完全にストップしてしまう。 

見て見ぬフリ、というと聞こえは悪いが研究以外のことは全てフィオラに任せきりだった。 


ギルドでの依頼を終えると一度研究所に戻る。 仕込んでいた実験の経過を観察しなければならないためだ。


「ふむ、悪くない。 これを応用すれば・・・」


魔法研究の過程で別の良好な観測結果が見られることなんてよくあること。 意図しない成果を書き留めているうちに日は落ちてしまい、帰宅する頃にはすっかり夜になってしまっていた。


「ただいま」


アーシュは既に寝ており、リビングではフィオラが待っていた。 熱々の食事、とはいかないがロンダークのものがちゃんと用意されている。


「今日も遅くなったのね。 いつまで研究を続けるの?」


帰って早々その言葉だ。 挨拶も返されなかった。


「魔法が完成するまでさ」

「ちょっとくらい家庭のことも気にかけてくれる? アーシュも大事な時期だし、私一人だと限界があるの」


フィオラに苦労をかけているのは分かっているが、家に帰るといつも口喧嘩になってしまう。 お互いに心も身体も疲弊していた。


「俺は家族のこともちゃんと考えている」


だが言いながら心の中で“本当にそうなのだろうか?”と自問自答してしまう。 口で言っているだけなのではないかと思ってしまった。


「どこが?」

「家族にもしものことがあった時のために研究をしているんだ」


ただ指摘されればそう反論したくなってしまうのが厄介なところだった。 家族のために何かしているわけではないが、研究中に忘れてしまっていることもないからだ。


「それは分かっているって言っているでしょ。 私はただ、もうちょっと家庭に対して何かしてって言ってるの!」


―――分かっている。

―――フィオラの言う通り、家族のことは大事だ。

―――・・・だけどそれよりも今は、研究を優先したい。


どちらの意見も相容れぬまま、日常を繰り返している。 研究さえ形になれば、そう思いながら研究所に足を運んでいるのだ。



そして翌日。 ギルドへ寄ると朝早くだというのに依頼していた対象の生け捕りが完了していた。 ロンダークは資金よりも時間を優先するために金払いがいい。 

ギルドの依頼として人気があり、即日に結果が出ることも多かった。 金を払って目的の物を受け取り研究所へ向かう。


「もうほぼ最終段階にかかっている」


前日の結果から改良を加え、家畜程度の動植物の復元は既に成功段階まで達していた。


「よし・・・。 このまま上手くいけば、もうじき形になるのかもしれない」


だがロンダークの目指すところはまだまだ遠い。 対象の魂は知性の高さによって複雑化する。 その極地とも言える人に応用するにはまだ改良が必要に思えた。


『お忙しいところ失礼します』


そんな時、電信板に見慣れぬ宛先から連絡が入ってきた。


―――何なんだ、こんな時に。


いいところで実験を中断され、もどかしさが胸中に疼く。 だが無視するわけにもいかないと思い、応答した。


「要件をどうぞ」

『フィオラさんの旦那様ですか?』

「えぇ、そうですが」

『奥様が過労で倒れました』

「はッ・・・!?」


その連絡は病院からの緊急のものだった。 



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