凪、配信に参加する(slowtalk)

 朝――


「ねえねえ凪ちゃん! 配信に参加してよ! ちゃんと報酬は分けるからさ!」


 何故私は登校中に裏道に引き込まれこんなお願いをされているのでしょう? 私は前世のカルマが多すぎるんじゃないでしょうか……


「だから……私は配信には興味無いって言ってるじゃないですか」


「だってー……この前の配信、結構数字良かったんだよ? 凪ちゃんともう一回配信したいなー……」


 鬱陶しいですね。


「はいはい、奇跡的に気が変わったら付き合いますからさっさと登校しましょうね?」


「はぁい……」


 不承不承ながらもなだめて学校に向かわせました。この子は配信で食べていく気なのではないでしょうか? 向いているあたりが余計に怖いところです。


 ――昼休み


「ねえ凪ちゃん?」


「だから……」


「気が変わったかなーって」


「変わるわけないでしょう、朝から昼までに考えが百八十度変わってたら怖いでしょうが!」


「君子豹変って言葉もあるし……」


「意味は正しいんですがね、少なくとも私は君子ではないのですよ」


 いい加減このやりとりにも飽き飽きしてきました。私が出る必要なんて微塵もないと思うのですが……


「変われるよ、現に俺はかw「危ないネタはやめなさいって小学校で教わりませんでしたか?」」


 私ほどではないですが、この子も結構炎上しそうな発言をしますね……コメントが全く違うのは住人の民度の差でしょうか?


「ちゃんと分かってくれるあたり、凪ちゃんのこと好きだよ?」


「そんな理由で人を好きになるべきではないと思いますがね……危険な発言をしない方が先でしょう……」


 そんな言葉も全く届かないらしく何やら考え込んでいました。ちょうど私にそっぽを向いて考えていたので、私はお弁当を持ってこっそり席を立ってぼっち飯と決め込みました。


 怪談の一番下の部分で食べる昼食って久しぶりですね……ここは陰キャにはぴったりの場所です。


 唐揚げを口に放り込みながらグラウンドでサッカーをしている連中に目を向けてから、ああは成れないな、そう思うのでした。


 教室に戻ると燐火ちゃんが少し怒った顔で私を出迎えてくれました。


「凪ちゃん、会話の途中でいなくならないでくれる?」


「会話ってそっぽを向いて独り言を言うことなんですかね?」


「酷いなぁ……私と凪ちゃんの距離を縮めようと思ってのコミュニケーションじゃない」


「明らかに違うと思いますがね」


 勝手な言い分はさておき、私はただ単に面倒事から逃げただけですね。


 キーンコーン


 丁度いいタイミングで午後の授業を告げるチャイムが鳴りました。


「ほらほら、午後の授業ですよ」


「はぁい」


 そういって渋々席に着いた燐火ちゃんを見ながら、多分諦めていないんだろうなとは思いました。


 ――放課後


「ねえねえ凪ちゃん!」


「あなたも大概しつこいですね。私はアバターであれネットに自分を去らす気はないんですよ」


 少なくとも実名では……ね。


「じゃあ……そうだ! slowtalkならどう? あれなら声も顔も晒さなくていいよ!」


 slowtalk、つまりは合成音声エンジンを使うということなのでしょう。しかしそれであれば私が苦労する必要はないのでは?


 いいよも何も……それだと私がいる理由が全く無いような気がするのですが……


「それなら自分で喋って自分でタイプして喋らせればいいのでは?」


「そんなの寂しい人みたいじゃない!」


 実際寂しいでしょうが、とは思えたものの黙って脳内の計算機を稼働させます。


 前回のスパチャがあれだけ……この前みた配信で飛んでいたスパチャがあのくらい……ということは私が出れば……


「しょうがないですね、出てあげますよ」


「ホント!? ありがとね!」


 私はどこまでも即物的な人間でした。お金に勝てる魅力のあるものなんて少ないのですからね。


 彼女の配信部屋にそのまま向かって配信準備を整えます。ミナハの方のVRモデルはスクリプトでいい感じに動かすので大丈夫ですと自信を持って断言していました。尚更私が出る必要性を感じないのは今更です。


「よし……と、準備はこんなものかな」


 設置が終わり、私には旧式のPCが一台、音声エンジンのインストール済みのものを渡されました。


「じゃあ配信いくよ!」


 私は手で行けと合図しました。


シスイ:ヤッホー! みんなー元気かなー? 今日はゲストが来てくれたよ!


ミナハ『合成ボイスでこんにちは、ミナハです』


 どこか棒読みだが自然言語の処理は本気でやろうとするとプログラマが死にますからね、しょうがないです。


『ミナハちゃんオッスオッス』


『またコラボ!?』


『生きる希望ですねえ』


 どうやら好評なようですね。なかなかスリリングなものがあります。


シスイ:今日はレトロゲーム配信をやろうと思いまーす!


ミナハ『何をやるの?』


シスイ:モンスタークエストですね。最終ダンジョン前のセーブデータが用意してあるよ!


ミナハ『そのデータがあるなら楽勝じゃないかな?』


『アレは最後がなあ……』


『ラスダンが鬼畜仕様なことに定評のあるアレか』


『うっ……トラウマが……』


『アレがレトロゲー!? うせやんこの前出たばかりだろ!?』


『おじいちゃん、若者は光学ドライブを積んでいてもレトロゲーに入るんだよ?』


 こうしてアクションRPGのラスボスを倒すだけというシンプルな配信企画が始まるのでした。


 しばらくして……


ミナハ『なんだよあの敵!? 三体出てきて全部即死攻撃とかぶっ殺しますよ!』


シスイ:このダンジョンではよくあることだよ


『あるある』


『ボス戦一歩手前で全体即死攻撃が決まったときにはディスクを割りたくなった』


シスイ:まあレベルも上がってきたし、LUKもいい感じだから即死も必中じゃないって!


ミナハ『それでも一人死んだだけで蘇生に大量のMPが必要なんですがね……』


 こうして即死攻撃と単純に力の強いモンスターの群れを何とかゴリ押しで倒しきったところようやくラスボスに相まみえることが出来たのでした。


ミナハ『このクッソ性格の悪い魔物の王は抹殺してやりますよ……』


シスイ:あっ、ミナハちゃん! そんなに強力な魔法を打ったら……


 ラスボスが一撃で沈みました。何の比喩でもなく作中最強の魔法一撃でラスボスを倒しました。


ミナハ『ザコ?』


『このゲームで一度は通る道』


『やったやった、ここでポカンとなったな』


シスイ:あのね、このゲーム、ボス戦まではものすごく大変だけどボスはすごく弱いの


 ……


ミナハ『クソゲー?』


シスイ:否定はしないけれどもうちょっとオブラートに包もうね?


ミナハ『まだ即死攻撃が効くって方が納得がいくラスボスですね……』


シスイ:というわけでゲームクリアするまで終わりません配信終わりまーす! まったねー!


 良い笑顔で配信をきる燐火ちゃん。事前情報くらいくれてもいいじゃないですか……


「いやー、いい感じの配信だったね! 結構スパチャも飛んだしね!」


「そ、そうですね……」


 あの配信にスパチャを投げたのは美少女が魔物に殺されまくるのに興奮でもするのでしょうか? なんだか人の業の深さを思い知ったのでした。


 ちなみに、燐火ちゃんからもらったスパチャ分で私はその日、キーがチャタって来ているキーボードを買い替えたのでした。

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