もゆる、レスバに負ける

「あー……なんか議論のネタ無いですかねえ……」


 私は煽るためのネタを探しています。しかしそうそうマウントを取れるネタはありません、つまらないです……


 私は諦めてソースコードを書こうかとマウスカーソルを動かしていました。.cファイルをダブルクリックしてエディタで開きます。無味乾燥な文字の羅列が画面一杯に表示されました。


「う゛ぉえ……見てるだけで頭が痛くなりますね……」


 ワタシの書いたコードですが汚いですね。三日前の自分は別人という格言を思い出しました。この辺を書いたときはエナドリを五本くらい開けて休日の前の夜にハイになって書いたところですね。


 うんざりする汚いコードを見ながら私はコレを削除することを考えました。どうせ深夜テンションで書いてまだコミットもしていない部分です。消したところで誰も困りません。


 そこでふと思いつきました。このコード、SNSにアップロードしたらどうなるでしょうね?


 思い立ったらやってみるのが私です。早いところアカウントを作ってみましょう!


もゆる:私の書いた天才的なコードを見ろ


『void main(){

 略

return 0;

 }

 』


『うーんこのクソコード』


『インデントぐちゃぐちゃじゃねえか!』


『mainをvoidにするなって幼稚園で習わなかったのか?』


『昔はそう言う参考書あったから……昔……あっ……』


『もゆるはどう考えても古代人やろ、あいつテレホタイム知ってそう』


『どうだろうな、niftyの民かも』


『voidにするならするでなんで0を返してるんだろなあ……』


 私の扱いはボロクソでした。いいじゃないですか深夜テンションで思わず書いてしまうことくらいあるでしょうに、ここの人たちは優しさというものが存在しないんですか?


『ディスクリプタを閉じてないのでたくさん起動したらリソースを食い潰しそう』


もゆる:そんなもん、閉じなくてもその前に終了するんだから問題無いでしょう!


『開き直った』


『地味にmallocもキャストしてないな、動くけどさあ……』


『誰か初心者向けの本を買ってやれよ、こんなん社会に出てきたら後任が頭抱えるぞ』


『干し芋公開してないからなあ……』


『まあ公開したらゴミが大量に届くのは確定やし……』


 失礼な連中ですね。この人達は初心者に教えようという気はないんでしょうか、全否定じゃないですか。


 私はアカウントをそっと削除してこのコードを闇に葬りました。念のためWSLからshredコマンドを使って復元不能になるよう念入りに消し去りました。


「燐火ちゃんの配信でも見ますかね……」


 彼女は毎日配信を心がけており、大抵私が見ている時間を狙ったかのように配信を始めるので気が紛れます。もしかしたら彼女はどこかで私の部屋を監視しているのかもしれませんね。


シスイ:おはろー! みんなー! 元気かなー?


 私は元気を使い果たしたところなのですが、彼女は精一杯の笑顔を振りまいています。彼女が学校で配信企画を練っているのを私は隣の席から見ていました。あの真剣な顔からアバターの楽しそうな顔に切り替えるのはプロだなと思います。


『この前のミナハちゃんは出ないの?』


シスイ:ごめんね、この前はいきなり頼んじゃったから今度はちゃんと準備をしておかなきゃいけないんだ!


 私は思わずスマホを手に取ってメッセージを送りつけます。


凪:私はもう出ませんよ?


燐火:まあまあ、気が変わったらって話だよ


凪:そんなのはあり得ませんがね


『シスイちゃん? 事故った?』


シスイ:ごめんごめん、この前の彼女にどうかなって聞いてみたんだけどさ


『お、コラボか?』


『また出て欲しい(小並感)』


シスイ:ごめんね、恥ずかしいからまだ無理だって……


『(´・ω・`)』


『しゃーない、前回無理してた感あったし』


『中の人友達なんだから一回くらいいじゃん』


シスイ:今日のところは私の笑顔で許してね!


 あざとい笑顔を作る燐火ちゃんでした。これが彼女の本心なのでしょうか? そんなことは誰にも分からないのでしょうが、気になるものはなるのでした。


シスイ:じゃーねー! また明日!


 配信はプチッと切れました。それと同時にメッセージが届きました。


燐火:見てた? 見てたんだよね?


凪:見てましたよ……私のアポ取りをしようとするところまでしっかりとね


燐火:まあまあ、悪い気はしなかったでしょ? スパチャもちゃんと分けるからさ、その気になったらお願いだよ?


凪:ならないと思いますがね……


燐火:でも凪ちゃんってネットに慣れているっていうか……実はどこかで有名人だったりしない?


 私の心臓がドキリと跳ねました。知っている? まさかね……


凪:私は誰も知らない名無しの一人ですよ。気にしないでください


燐火:まあ探られたくないことだってあるよね……分かった、また明日ね!


凪:ええ、また明日


 そこでIPアドレスの変更をしていないことに気がついてルータを再起動してスマホは飛行機を飛ばしました。ルーチンワークを忘れるとは、私も随分平和ボケしたものです。


 チェックサイトにアクセスして生IPアドレスが漏れていないことを確認します。リモートホスト等の情報が漏れていないことを確認して布団に飛び込みました。微睡みながらも私は自分が喝采を浴びる環境を妄想してみるのでした……ねーですね。


 そういうのは私には似合いませんね。やっぱり彼女の方が似合っています。


 私はそっと目を閉じました。


 ――


 凪ちゃん……ふへへ……


 私は凪ちゃんの持っているGPSタグが自宅から動かなくなったのを確認して明日の予定を考えています。もう寝てしまったのか微動だにしないのでおそらく町中で偶然を装って出会うのは難しそうですね。


 明日は……ゲーム配信をしましょうかね……最近出たクソゲーで有名なのが一つありましたね。クリア耐久放送でもしましょうか。


 スマホを取り出して凪ちゃんの画像を表示して私は元気を出しました。やはり彼女は逸材ですね。私の運命の人なのかもしれません。


 ふふふ……愉快ですね。まさか配信を知った上で乗ってくれる子がいるとは思ってませんでした。こういう子は初めて会いますね、以前は晒されて炎上したり、そっと距離をとられたりしましたが凪ちゃんは一切変わりませんでした。きっとあの子は私の大切な友達なのでしょう。


 私は自宅への気の進まない足取りを進めながら、また明日になれば凪ちゃんに会えることに幸福感を感じながら歩くのでした。

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