第3話・クラスメイト

 その後、緩やかにいつもと同じ一日が始まった。四季の席は、窓際の後ろから三番目。案外この席は気に入っている。

 晴れている日は日向ぼっこ気分を味わえるし、雨の日は雨音が四季の心を優しく慰めてくれる。

 四季は今日も、窓の向こう側のどこまでも続く空をぼんやりと眺めていた。


「四季ー? どうしたん? お腹痛い?」

「えっ……いや?」

 ふと気が付くと、目の前にはひらりの小綺麗な顔がある。四季は驚いて頬杖からずるっと転げ落ちた。

「うわっ……え、なに。どうしたの?」

「どうしたのって、お昼やん。四季こそいつまでぼーっとしてるん? はよご飯食べようや」

「あぁ、うん……」

 ひらりが手際よく、四季の机に手持ちのお弁当を並べていく。

 いつの間にか、四時間もの授業をすっ飛ばしていたらしい。

 我ながら呆れるほどのマイペースに、四季は苦笑を漏らす。午前中の授業の内容を、なにひとつとして覚えてなかった。

 次のテストヤバいかも、と、内心真っ青になっていると、ふわりと美味しそうな味噌の匂いが鼻腔を侵食していく。

「おぉ、今日はお味噌汁まであるの?」

「うん。九条ネギの。海老の殻で出汁とったん。自信作」

 ひらりの手料理はどれも美味しい。

「……ねえ、一条」

「ん?」

「いつもありがとね」

 四季は並べられた豪華なお弁当を見つめ、呟く。すると、ひらりは少しだけ照れくさそうな顔をして、頬を掻いた。

「えー? なんなん、急に。友達なんやから、このくらい当たり前やん。ほら、はよ食べよ」

「……うん」

 四季も恥ずかしくなって、おにぎりをかじった。

 今日の献立は、鯛飯の俵型おにぎりとだし巻き玉子、ポテトサラダ、ブロッコリーとプチトマト、あとは出汁の効いた味噌汁だ。

 食べながら、ひらりはふとぽつりと言った。

「ほんまはな、放っておくことができないだけや」

「ん?」

 四季は顔を上げる。ひらりははにかみながら、四季を見ていた。

「やって四季、放っといたらなんも食べなさそうなんやもん」

 ぎくりとした。

「そんなことは……」

 ないとも言えない。

 すると、ひらりは見透かしたように小さく苦笑した。

「ほらな。ま、四季はひらりの愚痴聞き係やから、その代償だと思って、これからも一緒に食べてや」

「なんだし、それ」

 ひらりは優しい。

 もちろん、四季だけに優しいわけではなく、ひらりは皆に平等に優しい。周りの誰からも好かれている、四季とはまるで対照的な子だ。

「……まぁ、いいけど。そういうことなら、もう遠慮しないからね?」

「おん!」

 最初はなぜ、ひらりが四季に話しかけてくれたのか、理由がわからなかった。でも、今ならわかる気がする。


「それで、さっきはスルーしたけどさ。なに? その愚痴聞き係って」

 四季はだし巻き玉子をぱくりと頬張りながら、ひらりに訊ねた。

「あ、これうま」

「せやろ? これも食べ」

「うん。ありがと」

 ひらりが、にかっと歯を見せて笑う。

 きっと、心配してくれていたのだろう。

 いつも一人で、誰とも仲良くなろうとしない四季。部活にも入らず、いつも真っ直ぐに下校する四季。転校早々、両親を失った四季。


 四季としては、どうせすぐに転校するなら友達を作ったり部活に入ってもしょうがないと思っていた。

 どの道すぐに離れ離れになってしまうし、最後まで続けられないなら、深く入り込んでも自分が辛いだけだ。


 ――けれど、今はひらりの優しさに心から感謝している。

 この先も、自分がこの場所で生きていくとは限らないけれど……。生きていければいい。そう思っていた。

「そんでな、さっそくその愚痴なんやけど。ちょっと彼氏のことで思うことがあんねん」

「ほー。たとえばどんな?」

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