第40話 はじめましての親戚
外務省の職員と自衛官と共にヘリから下りて来たイワノフとタチアナは、応接室に通された。そこに悠理も呼ばれている。
しかし、親戚とは言え、これが初対面だ。会話も弾まない。
「ユリウスか。驚いたな。きれいなロシア語を話す」
「悠理です。祖母から教わりましたので」
「そうか。
名前は、マリアか、ユリウス」
「悠理です。両親で決めたそうですが、祖母も祖父も賛成してくれたそうです」
それで会話が途切れる。
間を持たそうとちびちびと口をつけていたお茶も、すっかり空だ。
「タチアナさんはいくつなんですか」
「16。同い年になるわ。一緒に学校へ通いましょう」
にっこりとするが、悠理は曖昧に笑い、日本側の役人たちは顔を強張らせる。
担任として同席している服部は、内心で溜め息をついた。
(面倒臭ぇ。こんなのに同席なんてしたくなかったぜ。ああ、もう帰ってくれないかな、このおっさん)
その心の声が聞こえたわけではないだろうが、ジロリとイワノフが服部を見た。
「ユリウスの両親もマリアも、親類はいないと報告が来た。未成年なのにそれはいかんだろう。だから、我が家がユリウスを引き取る」
「いや、敷島は特別国家公務員という身分にありまして、そういう事はできません」
服部が言うと、外務省の官僚も頷いて同意する。
悠理は、
「お心遣いありがとうございます。ですが、除隊する頃には成人しているでしょうし、問題ありません」
と言いながら、内心、
(あの発表を聞いて、使えるかもとか思っただけだろ。イワノフ・スルツカヤといえば、野心家だって聞いてるしな。美人の孫娘まで連れて来て説得に当たらせるなんて、ハニートラップのつもりか。
それより、悠理だ。勝手にロシア風の名前に改名するな)
と呆れた。
「まあ、せっかく会えたんだ。タチアナを案内してやってくれんか」
イワノフに言われ、タチアナにもにっこりと笑って、
「お願い、ユーリ」
と言われ、外務省の人間にも頷かれると、嫌とも言えない。
悠理はタチアナを連れて部屋を出た。
しかし、困った。
(こんな学校しかない島、それも機密区画もある所、どこを案内しろって?)
しかし距離を取って軍用双眼鏡でそれを見る生徒達は、大興奮だ。
「美人だ!」
「それに、あの行動に慣れて忘れてたけど、悠理も美少女みたいなものだったな」
「うん。美少女が並んでるみたいだな」
「……それ、絶対に悠理に言うなよ。殴られるぞ」
黒岩がボソリと言った。
「写真撮っとけよ!貴重だからな!」
生徒達は、騒いでいた。
猫の顎を撫でるとごろごろと喉を鳴らす。
「かわいいでしょう。皆色んな名前を勝手につけて呼んでいますよ」
「ふふ」
タチアナは猫に向かって小さく笑ったが、笑顔を悠理に向けた。
「ユーリ。ロシアに来る事は無理かしら」
「残念ながら」
「研究費だっていくらでも出すっておじい様が言ってらしたわよ。必要なら、実験動物だってラット以外の哺乳類を用意できるかも」
え、と悠理は耳を疑った。常識的にはサルとかそういう意味だろうが、目付きや声音が、ヒトと言っているように聞こえたのだ。
「それとも、ほかに望みはあるのかしら」
言いながら悠理の肩に手を置き、上目遣いで悠理を見る。
悠理は嘆息した。
「イワノフさんに、手段を問わず説得するように言われましたか」
タチアナは顔を強張らせたあと、下を向いて唇をかんだ。
「わ、私は、力の発現がなかった。だから、役に立つ事がなくて、このくらいはして見せろと」
「クソ爺め。女の子に、それもこんな子供になんて事をさせやがる」
悠理は低く吐き捨てると、タチアナと向かい合った。
「騙されるな。そんな事を負い目になんて感じる必要は全くない。滅力なんてもの、ただのアレルギー反応かもしれないんだぞ。それより女の子なんだから、そんな風に自分を使うな」
「でも、国民の間にも、政治家や資産家の子供は、力を得ていてもそれを隠して従軍を逃れているって噂があるのよ。我が一族で該当する年齢は私しかいなかったから、それを払しょくする事ができないでいるの」
タチアナは悔しそうな顔をした。
「間違った風聞をどうにかするのも政府の仕事だろう。堂々としてろ。
それと、俺の専門は生物学じゃないからな。これ以上の研究成果を期待されても、お手上げだ」
タチアナは首を傾げた。
「専門?」
「あ……好きな分野?」
悠理は言い直した。
(危なかった)
そう思いながら、誤魔化すように悠理は猫を撫でまくった。
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