第2話 理解不能な現象

 気が付くと、白い天井とカーテンレールが見えた。

「あれ?」

 顔を動かすと、ちょうど看護師が部屋に入って来るところだった。

「あら。目が覚めたのね。気分はどう?頭は痛くない?」

「はい。あの、ここは?」

 そう声を出して、違和感を覚えた。

 その声はまるで、中学かそこらの時のような声だったのだ。

「あれ?」

 看護師はナースコールを押し、

「敷島君が、目を覚ましました」

と言う。

 起き上がり、悠理は考えた。

(研究所はどうなったんだろう?まさか、あの化学物質のせいで、あの化け物が?)

 封じ込めに失敗したかと、さあっと青ざめる。

 そして下を見て、自分の腕に、再度違和感を覚えた。

(あ。去年作った火傷の痕がない)

 どういう事だと考え込んでいるうちに、白衣の医師が入って来て、質問をされた。

「敷島君、気分はどう?痛い所とかない?吐き気は?」

「それは、ありません」

(でも違和感が)

 言う前に、彼は安堵したように笑い、きっかけを失った。

「よかった。君だけでも助かって」

「え」

(あいつらは、退避が間に合わなかったのか)

「列車は転覆して、その時生きていた乗客も、皆眷属にやられて」

「は?」

 悠理はポカンとした。

 列車とは何だ。眷属とは何だ。そう思ったが、訊き返す前に、勝手に彼らは、悠理がショックを受けているのだと考えたらしい。

「もうしばらくゆっくりしているといい。それからちょっと検査をして、異常がないなら学校へ連絡して、誰かに迎えに来てもらおう」

「えっと、はい」

 訳が分からない。

(黄色い太陽のせいか?やっぱり徹夜は体に良くないな)

 悠理はそう考え、そのままベッドに横になって目を閉じると、眠くなって来て、寝てしまった。


 検査を受けて異常なしとされた。

(いや、異常はあるだろう?)

 悠理は病室の鏡を、呆然とする思いで見ていた。

 確かにそこに写るのは自分だ。髪は黒で、目は青と黄とオレンジの混ざったアースアイ。ロシア人の祖母の血を受け継いだ色白な肌で、細身で小柄。

 そう。中学から高校2年生くらいの自分の姿そのものだ。3年生になって、悠理は身長が伸び、制服を着ていない時でも美少女と間違われる事が減ったのだ。

「待て待て待て。これはどういう事象だ?」

 頭を抱えたくなる。

 と、ドアが開いて、男が顔を覗かせた。

「お。起きていたのか」

 ガタイが良く、無精ひげがまばらに生えていて、疲れたような雰囲気がある。

「え。相沢?」

「いや。俺は服部慎司。敷島悠理、お前の担任だ」

 悠理の大学時代の友人にあまりにも似ていたが、別人だった。

「ああ、済みません。その、間違えました。

 て、え?担任?」

 悠理は、

(そう言えばさっき、学校がどうのと言っていたな)

と思い出す。

「国立特殊技能訓練校1年」

 悠理は聞き覚えの全くないその校名に、何をどう訊けばいいのか迷った。

 が、服部は事故のせいかと思ったらしい。

「頭を打ったのか?記憶でも飛んだか?」

 心配しているというのもあるようだが、半分は、「面倒臭い事になってるのか」という顔付きだ。

「えっと、俺はそこの、生徒、ですか」

 そう訊いてみた。

 服部は真面目な顔付きで悠理の前に立つと、悠理の目を覗き込んだ。

「お前は中学3年時のテストで、滅力があると判明した。だから法律に従って、高校はこの国立特殊技能訓練校へ来る事が義務付けられた。

 入学式前に入寮するために島へ向かって来ていたところ、眷属の襲来により列車が転覆。乗客が全滅する大惨事となった。投げ出されたお前はたまたま線路わきの岩の隙間にはまり込んで、助かったらしい」

 悠理は、

(聞きたいのは、それも聞きたいけど、そこじゃない)

と思ったが、ここで、自分は研究所に勤める30歳の社会人で事故で死んだはずだとか、眷属とか滅力とかそんな法律も学校も知らない、と言い出すと、おかしなやつ扱いされそうで、言い出せなかった。

「……はあ、そうですか」

「大丈夫かよ。

 まあ、検査では異常無しだそうだし、学校にも医者はいるし、いいか」

 服部は頭をガシガシと掻いてそう呟くと、

「よし。じゃあ、学校に向かうか」

と歩き出した。

 悠理は何もほとんどわからないまま、担任だという服部について行く事にした。




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