第51話 次元斬!

「おい、お前、智天使だとか言ったな」


 話すふりをそそおいながら、私は僅かに上昇する。

 この位置で戦えば、やまと號や僚船が巻き添えになる。

 相手が気が付かないように、会話をしながら少しずつ、だんだんと速く高みにし、味方の船はもちろん、できれば敵船にも私たちの戦いの被害が及ばないようにしたい。


 だって、誘っていることに気付かれたら、逆に、私をおびき寄せるために「やまと號」や海賊艦隊の船が狙われる。

 それに、味方の筈の天使にやられてしまうなんて、の兵士があまりにも哀れだ。


「おう、言ったがどうした?」

「だったら、『智』とはどういうものか、答えてみろ。目的のためには平気で仲間を手にかけるとか、それがくらいに『智』を冠する天使の所業か!」

「ふふん、ヒト族の勇者でありながら教会を裏切り、魔王などに成り果てた小娘が、一端いっぱしの事をほざきおる」

「答えろ!」

「汝なぞに『智』の意味を説いても分る筈がないわ。魔族は勿論、ヒト族にもなぁ。主の御心は、お前たち皆の愚かな思考など遥かに超えて深く、高い。吾ら智天使は、その御心を位に冠し、尖兵として実行するのみよ」


 深く、高いとか、ふん、どうせ身勝手な、思い上がった末の好き放題だろう!


「説きもせずに相手を愚か者と決めつけ、殲滅しようとするのか! 味方までも巻き添えにして」

「仲間とか味方とか考えた事もないわ!」


 ほーら、やっぱりね。当ったりぃ。


「神への反逆者たる魔族を殲滅する、ヒト族はそのための単なる駒に過ぎん!」


 ダメだこいつ。

 自分たち以外は全て敵か、奴隷って訳か。

 いいや、その命さえもこんな風に軽視されてるんだったら、奴隷以下だ。

 魔族はもちろん、ここまでヒト族への共感も理解もなく、ひたすら尊大に、身勝手になれるとか、自分はいったいのつもりなんだろう。


(きっと、「ケルビエル」とか思い上がっているのだろうよ)


 あ,そういえば額に書かれた「K」の文字も、相手から見た方向じゃなくて、自分から見た「K」だ。それは心理学者によれば自己中な性格を表す「K」だぞお。


 ここでケルビエルは弓を肩に戻し、大剣を手に取って一閃した。

 こんな鈍重な斬撃なんか、かわすのに訳はないが、まだ高度が不足だ。

 私は障壁を張って防いだ。

 威力は分散されたが、それでも眼下の教会軍の船が数隻は衝撃波を浴び、船体は裂け、大きく傾く。


(あ奴の巨躯を包む2枚の羽は、どんな物理攻撃も通さんぞ。しかも魔法に対する耐性も強い。それを考えて戦うのだ)


 そうなのか?

 だとしたら、やはりを試すいい機会だ。


「多少はやるではないか。サリエルと少しはいい勝負をしたと聞くからな。この程度は耐えて貰わんとな。だが、次はどうかな?」


 この野郎、下卑た余裕の笑みを浮かべやがって。

 しかも、自分より上級、熾天使のサリエルを呼び捨てか。

 お前の斬撃の威力なんて、サリエルのそれには及びもしないんだよ。


 そしてまた斬撃。これも障壁を張って防ぐ。

 そんな繰り返しが何度か続いた後、やっと、これで良しと思える高さに達した。


「さあて、そろそろ遊びは終わりだ。今度の一撃は本気でいくぞ。これにも耐えられるかな?」


 ぷぷぷ。コイツ、すっかりいい気になって、自分の置かれてる立場が全然わかってないな。

 所詮は身体だけ大きいヤラレキャラ。

 せいぜい好意的に言っても中ボスだ。

 さっきの会話で、もうすっかり人間(?)の底も見えちゃったぞぉ。


 ケルビエルは言葉通り渾身の一撃を放つ。

 私はそれを軽く避ける。

 予想通り、凄まじい衝撃波に海は大きく割れる。

 しかし、その辺りは敵味方の船団の遥か後方だ。

 露わになった海底にどっと水が流れ込む。

 海面は荒れ狂うが犠牲になる船はいない。


「小器用に逃げおって。しかし、次は殺すぞ!」


 上等だ。殺せるものなら殺してもらおうじゃないか。

 私は再度の渾身の一撃を避けながら、腕輪を剣の形に戻して構え、一気に魔力を送り込んだ。

 ケルビエルの攻撃の衝撃で、また海が割れる。

 お魚さんたち、ごめんなさい。

 生態系が破壊されないといいけど。


(戦いの最中に生態系に配慮するなど、随分な余裕だな)


 実はそうだったりする。

 でも油断はしてませんって。


 3度目の斬撃を躱し、

 鋭く何かを切り裂く手応えと共に


 「ずっ!」


 という、異空間が重く開く音と感覚が確かにあった。

 よし!


「何だそれは? 切っ先も届かない離れた所で剣を振り、しかも魔力や衝撃波を放つでもなく。さては恐怖のあまり、気でも触れたか」


 気づいてない!


(なにしろ鈍感な奴だからな。教えてやるといい)


 私はにっこり笑い、言った。


お前、もう終わってるよ決して決して「お前はもう死んでいる」では……


 そして、ケルビエルの胴体の一点を指差す。


「ん? どういう意味だ。な! ぐ、ぐわあ――――――ッ!!!」


 どうだ!

 物理攻撃の効かない羽に守られた巨躯といえど、これなら空間ごと「ざっくり」だ。


「こ、これは、少しは応えたぞ「ぐわ――ッ」とか叫んでましたが。しかし、これしきの傷など回復術で即座に……」


 そうはいかない。

 羽が両断され、無数の目を持った胴体には大きな傷が口を開けている。

 そこには真っ黒な闇をたたえた空間が。


 暗黒洞ブラックホールの魔法。

 

 膨大な魔力に耐え、魔法を乗せることもできる新しい剣なら、こういうことだってできる。


「馬鹿な! な、何だこれは――ッ!」


 ケルビエルの身体は、自らに穿うがたれたブラックホールに、まず胴体と無数の目,そして腕も脚も4つの顔も、羽も、めきめきと音を立てながら歪み,折れて,吸い込まれていく。

 たとえ天使だろうと、いかなる魔法も防ぐ羽に守られていようと、光までも呑み込んで逃がさないブラックホールの超重力にあらがえはしない。

 しかもそれが撃たれては。


「が,があぁぁ! この吾が愚かで脆弱な人間などにいぃぃぃ――ッ」


 はいはい、その愚かで脆弱な「人間」に、お前は消されるんだよ。

 しかも、たった一撃で。


「こ、こんな奴が相手と、なぜ教えて下さらなかったのだぁ、ゾフィエル様あぁぁぁぁ…………」


 ああもう、断末魔の悲鳴が長い。

 たまにいるんだよね、こういう変にしつこいヤラレキャラ。


(考えたな)


 そう。考えた。

 新しい剣の特性を、どう私に合わせて生かすか。

 でも、ぶっつけ本番だったからね。上手くいって良かったぁ。


(お前にしては上出来だ)


 それは余計な発言!

 船や人がブラックホールに飲み込まれる心配もあったから、上空まで誘い出すのも大変だったんだぞ。


 そして、ケルビエルの巨躯全てを呑み込んだ時、ブラックホールも消えた。

 ほら、


 でさあ、この技だけど、何て名前にしよう?

 「次元斬あ・り・が・ち」なんてどうかなあ。

 ちょっとカッコ良くない?


(それは違うのではないか? ブラックホールは超重力の異質な空間だが、別次元に存在する訳ではないからな。正確を期すなら暗黒洞の斬撃、そうだな、「暗黒斬」といったところだ)


 うっ、暗黒斬。

 なんだか悪役の必殺技みたいで、それは嫌……

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