第48話 やまと、発進

 晴ぁれた空~、そ~よぐ風ぇ~♪


(何なのだそれは?)


 はい、今日の海の情景をあらためて歌にしてみました。


(確かに、抜けるような晴天と気持ちの良い風だが、今のこの緊迫した雰囲気には似合わぬな。それに、古い古い古~い歌の全くのパクリではないか)


 はいはい、わかってますって。


(「はい」は1回で良い)


 いつもいつもウルサイなあ。

 はいはいはいはいはい…………(以下繰り返し)


 なんて、私たちがボケちらしてる間にも教会の艦隊はこちらに接近し、距離はやがて2000ヤードを切るまでになった。

 全ての船を真っ白に塗った純白の船団だ。

 木造の帆船に白は良く似合う。

 それが300隻。ちょっとした壮観だねえ。かっくいー、かも。


「ふん、恰好つけおって。見た目で戦ができるかい。だいたい、何事も、恰好から入る奴にロクなヤツはおらんけぇの」


 ありゃりゃ、お爺様、先程さきほどと仰ってることが違いませんこと?

 確か、「格好は大事。そうでないと気分が」とか何とか断言されてましたよねえ。


 こちらの艦隊と迎え討つ構えを見て、教会軍も驚いてる筈だけど、白い船団は速度を落とさず真っ直ぐに向かって来る。


 その時、「どーん」と低い破裂音が響き、続いて何かが空気を引き裂く甲高い音が耳を突いた。

 敵の砲撃だ!

 砲弾は私たちの船の遥か手前に落ち、陽光を乱反射する海面に、30フィートはある高い水しぶきを上げた。


 教会軍が火器を使うとは!


(魔族との決戦に備えて、いよいよ「なりふり構わず」といったところだな。遺跡から発掘したか、情報を基に作製したかだろうが、まだまだ精度も威力も低い)


 この砲撃を見るなり、ルイジ船長は却って余裕の笑みを浮かべた。


「弾の届きもせんところから撃ってどうするかい。初めての海戦で、さてはビビっとるなあ」


 おお、船長、的確な判断であります。

 少し、その御姿が熟練の海の戦士に見えてきました。


「さっても貧弱な大砲じゃぁ。しっかし、こっちゃの大砲はひと味違うばい。その威力を見せてやるずらぁ。全艦攻撃開始の旗を上げい。ほんでぇもって、本艦も艦首の大砲を放てぇーいさすがに波〇砲ではありません。3門ともじゃあ」


 てきぱきと指示を出す。

 初めて会った時の老人の姿とは全くの別人だ。

 脳内興奮物質の効果って凄い!


 そして、両耳を抑えても鼓膜に響く砲撃の轟音。

 弾は彼方に飛び、その内の一発は先頭の敵船のマストを直撃し、もう一発は甲板を砕いたようだ。

 炸裂弾ではないらしい。

 だから、即大破、沈没とはいかないが、初撃としては充分だろう。

 船が少し傾き、進路がふらつくのが見て取れる。


 他の艦も一斉に砲撃を始めた。

 無数の轟音がして、砲弾が雨あられと敵船団を襲う。

 そうか。側舷を見せて構えていたのは、攻撃可能な砲の数を増やすためだったんだ。

 船長、さすがであります!


 逆に教会の船団は密集した陣形があだとなった。

 砲撃は正確にその中心一帯に降り注ぐ。

 放った弾の数と水柱の数から考えて、おおよそ残る半数もの砲弾が敵に痛手を負わせたに違いない。

 海賊艦隊、やるなあ。


 更に驚いたのは、海を見下ろす岬からも砲撃が加えられたことだ。

 高台に設置した砲台なので弾の飛距離が伸び、後方からでも充分に相手に届く。

 しかもこれが数十門。敵船団には脅威だろう。


 白い煙が漂い硝煙の臭いがする中、ルイジ船長の高笑いと大声が響く。


「ふわーっはっはっ! 見たかぁ、我が軍の砲撃の威力。ばってん、まだまだ、これからが本番じゃっど。海賊の戦い方、たんと思い知らせてやるどすえーっ!」


 どすえ?

 いや、船長、折角のここまでの流れに、「どすえ」はどうかと。

 「はんなり」の語感が海戦の緊張感とは真逆では……


「全速前進。もとい、! 敵船団に突っ込むぞい」


 そうですよねぇ。ここはやっぱり、その決め台詞ぜりふじゃないと。

 まあ、静止状態から「発進」したということで、皆さん、お許しください。


(誰に謝っておるのだ?)


 再び太鼓が叩かれ、その拍子に合わせて力強く漕ぐ櫓の推進力、折からの風と潮の流れに乗って、旗艦「やまと號」と他2隻の巨艦は、敵船団に向かってまっしぐらに速度を上げていく。


 この間にも砲撃は続けられ、間断なく痛手を与えながら味方の艦隊は敵を包囲にかかる。

 無線とかを使っての連絡も無しに、この合理的な連携ぶりは驚きだ。

 よほど普段から迎撃の戦術を考え、訓練を積んでるな。


 白い船団がぐんぐんと間近に迫る。

 慌てて砲撃を加えてくるが、大半は外れて水しぶきを上げるばかり。

 僅かな直撃弾も鉄の装甲に跳ね返されて、効果的な打撃を与えることはできない。

 この間も、やまと號は一発の砲弾も放たない。

 何か他に狙いがあるのか?


 もう、先頭の敵船はすぐそこだ。

 え?


 相手の船もそれに気付いたらしい。

 甲板には狼狽して走り回る水夫や教会兵の姿が見える。

 船は慌てて取り舵を切って左に旋回し、こちらに側舷を晒す形になった。

 やまと號はそれを追って進路を少し変えたが、速度は全く落とさず、黒光りする鋭く尖った船首から、敵船の船尾にルイジ船長の言葉通り「」!


 さすがに大きな衝撃音があり、びりびりと船体が震える。


逆櫓さかろじゃあ!」


 太鼓の音が調子を変え、それと共に船はゆっくりと後退を始める。

 敵船の白い船体には大きな穴が開いていた。

 そこに海水がどっと流れ込み、船体は大きく傾く。

 何人もの水夫や兵士が慌てて海に飛び込む。

 船は船尾から沈み始め、あえぐように船首を天に向けて海中に消えた。


 水夫は泳ぎに熟達してるからいいとして、重い鎧を着込んだあの兵士たちはどうなるんだろう。

 そして、船の中にいたに違いない何十人もの教会兵も。


(これが戦争だ。よく見ておくことだな)


「思い知ったかやぁ! これが海賊得意の衝角ラム戦じゃあ!」


 ルイジ船長の高揚しきった声が聞こえる中、僚艦2隻はやまと號の脇をすり抜け、沈んだ船の後続を走る敵船に並ぶ。

 そして側舷の大砲が一斉に火を噴いた。

 至近距離での水平射撃だ。外れる筈がない。

 全弾が相手に命中し、全身から大小の破片を飛び散らせて、敵船はたった一瞬でぼろぼろの廃船のようになった。

 もう追撃を加えるまでもない。

 放っておけばすぐに沈没するだろう。


「よぉーし。この調子で敵の船団をずたずたにするぞい。どいつもこいつも海の藻屑もくずじゃあ。再度前進みゃー!」


 うーん、「みゃー」もこの雰囲気にはどうかと思う。


(「どすえ」や「みゃー」はともかく、相当に有能な指揮官ではないか)


 まあね、言葉ばっかり威厳があっても、無能な指揮官じゃ困るからね。

 ここは目を瞑る耳を塞ぐ?としましょうか。


 やまと號は敵船団の中へと進み、次々と痛撃を与えていく。

 砲弾や銃弾を跳ね返し、大砲を撃ち込み、衝角戦を挑んで敵船を沈めては、また周りの船に砲を斉射する。

 他の同型艦2隻にも敵はない。

 次々と白い船団を撃ち崩していく。

 この一帯は、もはや一方的な蹂躙じゅうりんだ。


 いっぽう、海賊艦隊は次第に包囲を縮め、敵船団の中央から後方にかけて緻密な砲撃を続けている。

 相手の反撃もあるが、熟練度が低いらしく、命中弾は少ない。

 稀に命中しても威力が低く、せいぜい船体の一部に軽い傷をつける程度だ。


 更には、海賊衆10人ずつほどを乗せた小型の船も動き出した。

 やまと號以下3隻の攻撃を免れた教会の船に近付き、鉤爪のようなものを付けたロープを投げ、船べりに引っかけて船体をよじ登る。

 そして甲板に踊り込み、銃や剣で攻撃だ。

 その強いこと強いこと、さすがは日頃の鍛錬を自慢するだけはある。

 銃を撃っては兵士の重厚な鎧から露出した急所を正確に狙う。

 奇声をあげて剣で斬りかかっては素早い動きで相手を翻弄する。

 重厚な斧を振り下ろし、相手の剣を真っ二つに砕き、その顔や身体を鎧ごと両断する。


「ベリアル君、イシュタル!」

「「はい。何でありましょうか、船長!」」


 あれ? いつになく素直な返事。

 おや、いつの間にか2人とも、頭には海賊っぽい白いバンダナなんか巻いてるじゃないか。

 さては、すっかりその気になってるな。

 さすがはお子ちゃまだ。雰囲気に呑まれやすい。


イシュタルちゃんここで煽てておくのが大事かも(!)は火炎魔法で敵艦を攻撃。ベリアル君は支援魔法で敵の攪乱かくらん、必要に応じて味方の治癒、物理障壁で船や人をまもるなど、いいね!」

「「了解しました。船長!」」


 いや、違うし。

 私、船長じゃないから。


 そして二人は本当に嬉しそうに、喜び勇んで飛び出していった。

 なーんか不安。気のせいか?

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