第24話 出発準備 ☆

「まさか、また魔王職が嫌になって、てい良く脱走しようという訳ではあるまいな?」


 と、勢い込んで聞いてきたのはガイアさん。

 たぶん自分も魔王なんて嫌になって、辞めたいと思ったことが何度もあって、その経験から心配になったんだろう。


 いえいえ、少なくとも今は脱走とか考えてませんって。

 むしろその逆で、魔王就任の祝宴の食材探しのためですから。

 来賓向けのメニューの方は何とかなると思うけど、住人10万人にふるまう料理の方が難題だ。

 街を4区画に区切って、4日間、日替わりで供するとしても、1日あたり2万5000人なんて、とんでもない数!

 しかも人によって食材や味の好みも違うだろうし。

 そんな多くの人を満足させるようにヴァリエーションをつけることができて、なおかつ祝宴にふさわしく、この街の皆が食べたことのない、刺激のある料理。

 とすれば、やっぱりしかないでしょう。

 そのためにはどうしても、ここにはないスパイスが必要だ。


「で、どこに向かわれるのですか?」


 と、今度はゼブルさん

 それはねえ、ここからずっと南、大陸の南西部から下った所にある高地から海沿いの半島にかけてで、旧文明のそのまたずっと昔にはマヤとかアステカって呼ばれていた地方だよ。


「なるほど、それはおそらくルシフェル様の発案ですな」

「え、わかりました?」

「はい。つい数日前、泥酔なさった折に『山川草木悉皆成仏草木国土悉有仏性』とかおっしゃって、その際に確か『アスラの魔王就任の料理も自ずから決まった』と……」

「数日前? 泥酔?」

「あ、いや、それはともかく、いま話に出たその地に住むという面白い人々について、わたくしも以前にルシフェル様から伺った事があるのです」


 なーんか怪しいぞ。

 心の声さん! 私が3日間寝てるあいだに、もしかして何かやらかした?

(ぐーすーぴー、ん? 我は今朝はまだ眠いのだ。話があるなら後にせよ。ではまた2度寝するからな。くれぐれも起こすなよ)

 こら!

(………… 以下、一切無言!)

 うーん……


 で! こうなったらもう何を言っても知らんふりだろうから、とにかくその「面白い人々」っていうのは―――――



 魔導文明が栄えるよりも遥か以前、機械文明が急激に進んだ時代に、管理社会や機械の支配を嫌って、「自然への回帰」とかを唱えた人々、特に若者が多くいたらしい。

 その人たちは都会を離れて人里離れた森や海辺に移り住み、便利な機械も道具もあえて一切使わずに自給自足の生活を始めたのだとかナントカカントカ。

 自称か他称か知らないけれど「フラワー・チルドレン」だってさ。

 あっはっは、変な名前。もしかして脳内が一面お花畑?


 彼ら彼女らが憧れたのがなぜか

 たぶん、それまで自分たちが知っているのとは全く異質のものに「とりあえず」惹かれたんだろうなあ。

 インド的思想とか生活とか。

 それで座禅(!)を組んで瞑想迷走?したり、シタールインドの楽器ですを奏でたり、ヨガにハマったり、インド原産の作物を育てて、それっぽい食事を作って食べたり。


 そして時が過ぎて、更に魔導の時代が訪れる。

 そういう人たちは、遺伝子を改造して魔力を駆使してなんて、当然に嫌がるよね。

 だから文明からもっと遠くに逃れて大陸から南の高地や半島へ。

 幾つもの大規模な集落を作って素朴な農業や漁業を営み、世捨て人の集団だから幸いにして魔導大戦にも巻き込まれず……


 とすれば、そこに行けば私の求める各種スパイスも手に入るかも、という訳だ。

 え、手に入らなかったら?

 まあ何とかなるよ。ねえ、作者さん?



             うう…… そんなこと言われても ——————



「ふーむ、そんな人々が居ったのか。わざわざ便利な生活を捨てて自給自足の道に入るとか、妾には想像もできんな」

「そこへ向かわれるとは、アスラ様の祝宴の料理は、つまりですな」

「そうです。です」

ならば、仰る通り、この街の住民にとっては珍しく、刺激があり、なおかつ万人が好む料理ですな。矛盾する難しい課題を全て解決するものかと」

「だから、そのとは何なのだ。妾にも教えよ!」

「「です」」

「おお!」


 ガイアさんも名前ぐらいは知ってたらしい。


ならば、妾も食べてみたいぞ。異国情緒と旨味と刺激の三重奏じゃ!」


 そう。

 ただし、それを再現するスパイスが手に入らない。

 だから問題の集落と遺跡に向かうのだ。

 ところが


「わたくしは反対ですな」

「え?」

「問題の土地はヒト族の領地の中心を抜けて、そのすぐ南の領域です。あまりにも危険過ぎる」

「何じゃと! そんな場所なのか」


 いや、だから、高地のふもとまでは行ったことがあるから、そこまでは転移の能力で一瞬に移動可能だし、その後はなるべく魔力を抑えて飛翔魔法の低空飛行で現地に向かおうかと……


「それでもヒト族の術者に感知されたらどうします?」


 うーん。そこは何とかなるかな~なんて。

 だって今までも出たとこ勝負しょーぶで何とかなってきたから。


「アスラ様!」

「はい?」

「貴女様は今や魔王ですぞ。一介の冒険者であられた頃とは事情が異なるのです!」

「はあ……」

「それに、お聞きしますが、誰を御供に行かれるつもりです? ルドラさんもソフィアさんも今は修行中の筈」

「あ、いや、だから今回は一人で行こうかと……」

「言語道断でございます!」

「妾は絶対に許さんぞ!」


 ありゃりゃ。予想外の成り行きに……

 うーん、またまた困ったなあ ――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る