第20話 そして実食! ☆☆☆
タコスは別にトルティーヤに何を乗せて挟むって決まってる訳じゃない。
肉は挽肉じゃなくてステーキでも角切りでもいいし、細切りや薄切りでもいい。種類だって牛肉でも豚肉でも、
肉じゃなくて魚、エビやイカでも全然構わない。オリーブオイルやバターでソテーしたり、フライだったりマリネだったり。種類も海のものでも川のものでも旬の魚を使えばいいので、ヴァリエーションは無限にある。
野菜だって、炒めたズッキーニやピーマン、キャベツとか、少しヴォリュームが欲しければ煮た豆類とか、生のとろとろのアボカドとか、お好み次第だ。ただ、被災者や軍隊は生野菜が不足しがちだろうから、今日は生のトマトとレタスにしただけのこと。
チーズも種類を変えればいろんな味が楽しめる。
ソースも無限だ。別に今日みたいにトマトベースのちょっと辛めのドレッシング系でなくても、マヨネーズ系でも、チーズベースでも、ひょっとするとゴマダレや醤油や味噌ベースでも、加えるスパイスも各種、発想の大変さと手間暇を惜しまなければ
要するに、何かをトルティーヤに挟みさえすればタコスになるんだから、不満の出ている食事のメニューに、これで少しは変化をつけることができるかな。
そういえば、古代のフランスっていう国には、溶いて練った
トウモロコシ粉でも小麦粉でも蕎麦粉でも、生地を捏ねるのはちょっと大変だけど、麺類と比較すればまだ楽だし、どうせパン生地を作るのなら労力は一緒だ。余裕のある時に作っておいて、熟成させて翌日に使うって手もある。
あ、麺と言えばパスタだけど、そうか! いちいち生パスタだと面倒なんで、乾麺とかあったら便利だぞ。幸いこの地方は雨が少なくて
そうすれば一気にパスタ料理が普及するかも。具の種類やソース、味付けも魔族みんなが考えれば今までにないパスタ料理が生まれたりして。それをきっかけに、いろんな料理全体が発展するかも…… うーん、これは我ながらいいことを思いついたぞ!
(ふむ、それは
えっ、心の声さん、「君」? 「かも」?
ここに来て久し振りのキャラ変?
場所は魔王城の裏手、近衛軍の宿舎の前の広場にした。
いつもは営舎の中の食堂で交代制で食事をとるらしいけど、今日は天気もいいので、みんなで青空の下でわいわい言いながらピクニック気分で食べようと考えた訳だ。
ということで、今日は魔王城周囲の霧はお休みだ。ていうか、あれはおどろおどろしい雰囲気の演出のためだけのもので、城自体が派手なピンクに塗られちゃった今、どう考えてもミスマッチだし、この際いっそ廃止してもいいんじゃないか?
周囲の枯れ木林や墓地モドキの装飾(!)も取っ払って、何か別の用地に変更するとかも考えてみよう。
3000人って実際に目の前にすると、やっぱりとんでもない数だ!
ちょっと圧倒されてると、あらかじめ会場の準備に回っていたゼブルさんが近づいて来て言う。
「いやー、大変でした。これでも大分、数を減らしましたぞ」
「え?」
「新たな魔王様が自ら昼食を振る舞われると何処からか聞きつけて、当初は1万人以上の群衆が集まって来たのですよ。それを今日の趣旨を説明して何とか帰って貰い、これで当初の予定通り、およそ3000人です」
「はぁ……」
「ますます、就任祝いの大盛況が楽しみになって参りましたな」
うっ! その件はとりあえず今は忘れよう。
さて、まず6ヶ所に分けてそれぞれに、拭き上げた横長の大きなテーブルを幾つか並べて、特大のボウルに入れた具材とトルティーヤの生地を置く。
寝かせておいた生地から
次にこれを、下に魔導コンロを置いて熱した鉄板の上で焼く。もちろんフライパンでもいいんだけど、折角みんなの目の前で実演してみせるのだから、鉄板で幾つも同時に焼いた方が雰囲気が出る。
ほーら、小麦粉の焼けるいい匂いがしてきましたよ。見てる人たちは最初から興味深々の上に、この匂いで食欲爆発寸前だ。
いい感じに焼き上がったらお皿に乗せ、その上に刻んだレタス、トマト、タコミート、チーズの順で盛る。自分でやって貰えばこっちの手間が省けるんだけど、何しろ皆が初めてで分量の加減がわからないし、例えば肉好きがタコミートばっかり取って野菜が残ったり、その逆に肉ばっかり残っても困るから、今日はこっちで盛り付けてサーブする。
最後にソースをかけて出来上がり。ソースは辛みを変えて3種類作ったから、まずは本人の好みを聞くことも必要だ。
後はトルティーヤを丸めて具を挟み、手で持ってがぶっとかぶりつく。
ナイフやフォークを使わないで簡単に、行儀悪く食べていいのもタコスの強みだ。
それに、大人数に供する場合、それだけ洗い物の手間も省けるし。
うん! 皮は外側はぱりぱり、中はもっちり。
そしてまず、皮に包まれたレタスとトマトの新鮮さが身体を中から綺麗にしてくれるみたい。辛みの効いたドレッシング風ソースも、生野菜が多めの具のバランスにぴったりだ。
タコミートも肉汁たっぷりで、炒めたタマネギはそこはかとなく甘い、いい味出してるし、スパイスも味に複雑みを加えてる。
おまけにチーズが肉の温かみでちょっと溶けてトロッとなって、全体を包み込んで上手く纏めてるじゃないですか。
こ、これは予想以上だな!
思わず自分で「
「う、美味―—————い!!!」
(実際に叫んでおるではないか)
え、そう? 叫びました?
とにかく、後は押すな押すなの大盛況で、列を作って並んでもらうように誘導するので大変! そのせいで近衛兵さんたちは、まずは誘導・整理係に回ってもらって、食事は後回しになってしまったほどだ。
タコスはまず1つずつだ。子供や女性など少食の人も多いだろうし、足りなければまた並んでもらえばいい。
全員が2つは食べるつもりで用意したから、量の余裕はたっぷりある。
クラムチャウダーもやっぱり大人気。
魔導コンロで温めた超・超大鍋の前には、タコスに負けない長蛇の列だ。
こちらも
ほのかな塩胡椒の味とジャガイモが適度に溶けた「とろ~り」と「しっとり」「ほくほく」感。それに何といっても小さく切った貝の風味と独特の食感が、他のスープには真似のできないクラムチャウダーの魅力だねぇ~。
薄切りにしたセロリも、素朴な美味しさに「すっきり」とした華やかさをちょっと加える、いいアクセントになってるぞ。
やがて、あっちでもこっちでも、シートを敷いて家族みんなで座ったり、友達同士で芝生の上に座ったり岩の上に腰掛けたり、タコスのお皿を持ってスープのカップを脇に置いて、これはもう超大人数の集団ピクニックか季節の行楽イベントだな。
いかにも美味しそうに食べてくれる顔もそうだけど、楽しそうな話し声が聞こえたり笑い声が響いたり、ありゃりゃ、向こうでは速攻で食事を終えて、もう歌やダンスが始まったり。お酒を持ち込んで酔っ払ってる集団までいるぞ。おい、昼間っからは程ほどにしとけよ!
でも、こんなに喜んでくれるなら、少しは頑張って考えたり作ったりした方も嬉しいよ。
ヒト族の食卓では、こんな顔を見たり声を聞いたりすることは決してないからねえ。全員揃って難しい顔をして、食事がまるで苦行のように黙々と食べるばかりだもの。
とか考えながら、まだまだずらっと並んでる人たちや恐縮する近衛軍の兵士さんたちに料理を供してると、ガイアさんがやって来た。
やっと少し手の空いた私もゼブルさんも、それから話を聞いて駆けつけて来たルドラ君やソフィアさんも一緒になって、タコスを食べスープを味わう。
皆の感想はというと……
「さすがです。全くの完全食ですな。トルティーヤの炭水化物にトマトやレタスといった生野菜類、タコミートは肉、チーズは乳製品、更にクラムチャウダーで海産物まで取り入れ、ジャガイモで満腹感を増すとは。見事な取り合わせ、加えて栄養バランスの妙でございます」
これはもちろんゼブルさん。
美味しそうに食べながらも、やっぱり徹頭徹尾分析的、実際的だ。
「うむ、確かに美味じゃ! ただ、妾が思うに、ソースはもっと激辛でも良いのではないか。それに、挽肉に混ぜてあるスパイスはナツメグか? これも、もっともっと大量にして、複雑な風味を一層はっきりとさせたいところじゃ」
はい、ニコニコと満足そうに食べながら、こういう意見をのたまう方は誰か、もう説明しなくてもわかりますねえ。
この方のお好みは「激辛」というよりは「超・超・超辛」、いや、むしろ「鬼辛」を超えた「スーパーマッドネス冥府魔導鬼鬼鬼辛」とでも呼ぶべきものではないでしょうか。
それに、ナツメグはあまり多量に摂取すると普通の人(!)は嘔吐や痙攣を起こしたりするんですが……
「「…………」」(ルドラ並びにソフィア・談(?) とにかく食べるのに忙しいらしい)
まあ、それにしても、みんなこんなに喜んで食べてくれるのなら、やっぱり今晩のメニューはファフニール君に言って、今から準備してもらってハヤシライスかなあ。
それに、明日以降のメニューも、しっかりスケジュールを立てて考えた方がいいのかも ——————
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