第2話 夢博士

 神は美味しそうにエスニック料理を食べていた。

 私はそいつにつかつかと近付いて行った。

 黒服が私を押し止めようとするが、知ったこっちゃあない。そいつらを振り払って、テーブルに両手を「ドン!」と突き決して「壁ドン」ではない!、私は言った。


「おい! お前、自称神だろう」


 オジサンは無反応。

 まわりの女性たちだけが、甘えた声で大仰おおぎょうに「きゃー!」とか叫んで立ち上がり、逃げて行く。でも


「ああ助かった。アタシ、あのお客さんって実は苦手なのよね」


 とか


「ここの料理やショーは悪くないけど、もう少し客筋を選んでくれないとねえ。アタシたち女の子は大変だわ」


 小声で言ってるのが聞こえてきますけど。お仕事ご苦労様です。

 それ以上は何のことかよくわからないし、どうでもいい。

 とにかく私は怒鳴った。


「お前がワガママだから、大変なことになってるんだからね!」


 するとそいつは白々しくもうそぶいた。


「アスラ、何を言っているのかな、君は?」


 ほら、初対面なのに私の名前まで知ってるじゃないか。

 私は改めて確信した。やっぱりこいつは神(?)だ。


「トボけないでよ! あんたが大昔に旧人類を創ったんでしょうよ。それを、自分をあがめないからとか、思い通りにならないからって、今度は新しくヒト族を創って、あいつら魔族だから滅ぼせとか、オカシくない? 創造者ザ・クリエーターの責任ってものがあるでしょう!

 魔族だって、自分から望んでこの世に生まれて来た訳じゃないんだよ。あんたの勝手で創られたんだから。でも、いったん生まれたからには、造物主だろうが何だろうが好き勝手にはできないからね! 子供は親の所有物じゃないのと一緒だよ。いい加減にしろ!!」


 一気に言ってテーブルをひっくり返し昭和のなかばまであったという、昔懐かし、ちゃぶ台返し?てやった。

 ざまーみろ。

 すると相手は


「まあ、少し落ち着け」


 とか澄ましてやがる。

 そして続けて


「アスラ、お前こそ神だぞ。ガイアが現実世界のあるじであるのと一緒だ」


 はあ? 何を言ってるんだコイツは。


「ふざけるな! あんたのせいで現実の世界は大変な事になってるんだからね。私だってそのせいで魔王とかにさせられて、獣王とかいうのと戦わなくちゃいけなかったんだから」

「ほう、もしかして苦戦したのか?」

「カバの獣人だったんだけれど、変身してトンデモないキマイラになって、それから今度は一つひとつの細胞にまで分裂して、とにかくタフな奴で大変だったんだぞ! おまけに、その直後にはウリエルとかサリエルとかいう超武闘派の天使まで出て来て……

 いや、そんなことよりも、問題は、いよいよヒト族の教会が魔族に大攻勢を仕掛けてきそうで、そうなったら一体どれだけの犠牲が出ると思ってんのさ? 全部あんたのせいじゃないか!」


 すると、そいつはやはり涼しい顔で


「だから神などではないと言っているだろう。わたしの名は夢博士」


 だってさ。


「はあ?」

「落ち着いて聞け。わたしはお前の夢の中の登場人物の一人に過ぎないのだ。ここに神などという者が居るとすれば、それは、この夢を見ている主体であるアスラ、お前だな」


 言ってること、全く意味不明なんですけど。

 夢にはよくある、不条理キャラの不条理発言か?


「ふむ、まだ納得できないようだな。どれどれ、では……」


 そしてそいつは無雑作に右目に指先を突っ込み、眼球をえぐり出してサイドテーブルの上に置いた。げげげ、何やってんだコイツ!

 それから左目も同じように取り出し、驚いたことに次は鼻、そして両耳も取り去って横一線に並べた。

 見ると、顔は眼窩も鼻の跡も何もない、つるんとしたゆで卵みたいだ。もちろん、眼球や鼻、そして耳にも、もちろん残った顔にも全く血の出た様子もない。


 どうなってるんだ?


 口だけはある。その口がゆっくり動いて落ち着いた声を発する。


「口だけは残しておかないと、話ができないからな。どうだ、これで言っていることを少しは理解して貰えたかな?」


 いやいや、ますます意味不明なだけなんですけど。神じゃないとか、夢博士とか、このノッペラボー状態と何の関係があるんですかね?


「ふむ、まだ納得できないという顔だな…… まあ、つまりだ、言いたいのは、これは全てお前の夢であっって、わたしがこういう真似ができるのも、結局はお前の夢想の産物だ。例えば……」


 とか言って、そいつは気取った仕草で右手の指を軽く1回、ぱちん、と鳴らした。

 すると


 私はさっきの制服を着て、道を歩いていた。

 風が涼しく、陽は雲の合間からまだ低く射している。朝らしい。

 私は学校の正門らしい所に向かって歩いている。正面に校舎が見える。

 時間が戻ったのか?


 後ろから誰かが肩を叩く。

 振り返ると、見覚えのある二人連れがいた。どちらも私と同じ制服姿だ。

 その一人が言う。


「ん! おっはよー、アスラ。今日は宿題やったあ?」


 シュクダイ、何だそれは? 食べると美味しいのか?

 ああ、でも、この長い銀髪とメガネは、これはソフィアさんだ。

 もう一人は…… げげげ、これはもしかして!


「おはようございますぅ。アスラさん、今日もご機嫌よろしいようで、何よりですぅ……」


 なんて、頬を微かに赤く染めて、もじもじと体をくねらせながら小声で言う。

 貴様、ちょっと待てーい!

 モヒカンはどうした? 何だその金髪の長い巻き毛わぁー!

 それに、相変わらず大柄で極端な筋肉質の身体に、短いスカートとか似合うと思ってんのかぁ!?

 なによりも、その姿でくねくね身をよじりながら可愛ぶって話すのは、お願いだから止めろぉー!!


 とか思ったら、次の瞬間、私は今度は船の上にいた。


 うーん、忙しい ――――

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