第2章 教会って?

第1話 For the Glory of Thy Sovereign Majesty (主の至高なる尊厳に栄光のありますように) ☆

 我ながら、ちょっと重いです。

 こういうのが苦手な方は、飛ばして第3章に行って頂いても宜しいかと。

 でも、実はヒト族と魔族の対立に関わる重要なエピソードなので、やっぱり読んでもらうと嬉しいかも……


(どっちなのだ?!)


 え? 誰の声?




……………◇◇◇……………




 教会に残る公式の記録によれば、本編より3000年近く前 ………



 遥か昔、後に「イルミナ」と呼ばれるようになったこの大陸の、およそ中央に位置する高原に、新たな人類の始祖として創造され生命を与えられたアベルとその妻ハンナ、そして彼らの一族である12組の男女がつかわされた。

 大陸のあちこちには今だ先の魔導大戦の爪痕が深く刻まれていたが、彼らに与えられた高原の一角には果実が豊かに実り、澄んだ水を恵む小川が流れていた。

 周囲は鬱蒼うっそうと木の生い茂る森に囲まれており、悪辣あくらつな魔族たちから身を隠すことのできる良き土地であった。

 これらの全ては無論、今も我々人類を慈悲深く見守って下さる、唯おひとりの神であり、我らの主であられる御方の、人智を超えた尊き御計らいによる。


 彼らはそこで自らの身体を養い、子孫を増やし、いつしか地を耕して作物を育ててかてとなし、家畜を飼って使役することを学んだ。

 また、やはり主に遣わされた同胞たちが何処からともなくやって来て集い、家を建てかまどを作り、ひとつの有力な集落を成すまでになった。


 アベルが老いて天に召され、その長子であるヨエルが族長として立つ頃には、民の数は更に増え、小さな町にまさる程であった。

 ここに至り彼らは発起ほっきし、極めて簡素ではあるがけがれのない、初めての神殿を築いた。

 主はここに下られて、祭壇にて祈りを捧げるヨエルに向かい、永遠に人の守るべき12の戒律を与えられた。その御姿は熱のない炎のようであったという。

 知っての通り、その第一は主を崇めるべし、第二は忌まわしき魔族を滅ぼすべし、第三は美食・暴食を忌み避けること、第四は利便の為に魂なき科学や技術に堕さぬこと、である。

 これら4つは他の戒律、つまり傲慢・憤怒・嫉妬・姦淫・怠惰・偽証・盗み・隣人を害することの禁に必ず優先する。


 また、主はヨエルに、魔族に対するための破邪の杖をも授けられた。人は魔法が使えないことをおもんばかられたからである。

 この時を教会暦の始まりとする。


 何よりも主の御導き、そして族長と彼を補佐する者共の正しき指導もあり、彼らは短き年月の間に豊かになり逞しくなった。


 最初の討伐が行われたのは教会暦29年、ヨエルが族長を務める末年であった。

 彼は主に授けられた破邪の杖を振るって、罪に汚れた街を業火に包み、瞬時にして2000以上の魔族をほふった。

 従う600の兵たちも、逃げ惑う魔族たちを撃ち倒すこと3000体に上った。

 これは主に与えられた第二の戒めに従ったのであり、正しき行いによれば、悪しき敵など何倍の数であろうと、我らの脅威とはなり得ぬことを示したのである。


 討伐の後ほどなくヨエルは熱病に倒れたが、その臨終において、次代の族長たる長子ブラウに破邪の杖を譲り、固く戒律を守ることを誓わせた。


 ブラウの時代、主はますますその御力を示された。一族は努めて魔族を討ち、滅ぼした町や都市は大小30余り、屠った魔族は10万体を超えた。一方で同朋の数は増え、万に届かんばかりであった。

 彼らはやむなく、今まで自分たちを外敵から守ってきてくれた森を切り払って畑を作り、得た材木のうち姿の見事なもので、まずは神殿を美麗にし、次に自分たちのためにささやかな新たな住居を作った。主はこのことを良しとされた。

 屈強な数千の兵士が揃い、武具の質も上がった。

 種々の薬草を揃えた施療せりょう院を設立し、戦傷に苦しむ者は減った。また、生まれて間もなきうちに天に召される嬰児えいじの数も激減し、親たちは歓喜した。


 教会暦82年、試練が訪れた。

 強欲な隣国の魔族たちが我らの祖の住む土地を奪わんとし、攻め寄せて来たのである。

 地に満ちる魔族の数は7万を超え、その驕り高ぶるときの声は耳をつんざくばかりであった。

 ブラウは既によわい90に近く、髪も髭も白く成り果ててはいたが、それでも気力の限りに幾度も破邪の杖を振るい、憎むべき魔族たちに火を浴びせ嵐を呼び、その万余を屠った。

 彼の率いる兵たちも誇り高く勇敢に戦い、多くの敵を撃ち倒し、10倍を超える軍勢をいっときは押し返す程であった。


 しかしながら、年老いたブラウは激闘の連続についに力尽きた。

 杖を息子であり次の族長たるアモンに託し、戦いなかばにして祈りの姿勢のまま、最も尊き御方の下に召された。

 指揮者を失った兵士たちはにわかに動揺し、敵はその隙に乗じて攻撃の勢をますます強め、我らの軍はあわや破れるかに思われた。


 この時、厚く垂れ込めた雲の天蓋てんがいが開き、差し込む陽の光を背に、まぶしく輝く御使みつかいの軍勢が現れた。いつくしみ深い至高の主は、我らの苦難を憐れに思召されたからである。そしてまた、ヨエルに下された魔族討滅の使命を忘れておられなかったからである。


 御使いたちが揃って右手をかざすと、突然大地が震え、轟音と共に地面が裂けて多くの敵を飲み込んだ。空は怒りを露わにした赤紫色に変じ、無数の雷と炎の雨が敵勢に降り注いだ。

 また、狡猾にもこれらの罰を逃れた魔族の体にも異変が起こった。彼ら全ての血は煮えたぎり、沸騰し、手足の血管から爆ぜて断末魔の苦しみを長く与えた。主が彼らの行いを憎み給い、楽には死に至らしめないようにされたからである。


 御使いたちの姿が霧散した時、アモンと彼の兵たちの眼前にあったのは、大地に口を開けた幾つもの大穴と、数え切れぬ焼け焦げたしかばね、そして、手足を失い胴体や頭のあちこちを欠きながらも今だ微かにうごめく、つい先程までは魔族であった輩共のおびただしき数の肉塊であった。

 同朋たちは硫黄の臭いの漂う中、罪によって滅んだ敵たちを地に埋めて弔い、主を讃える祈りを捧げた。


 真に我らを思召される主の御心は計り知れず、その御業みわざは畏れ敬うべきかな。


 この戦いの後、彼らを害する者は長きに渡って現れることがなく、代々の族長の賢明な統治の下、主の民は栄え強大になった。

 彼らが常に主と共にあらんと努め、主もまた彼らと共に居られたからである。


 周辺の魔族や亜人にはもはや彼らにあらがう力はなかったので、次々とこれを討ち、その住処を自らの領土とした。

 悪辣な魔族たちは兵士はもとより女子供に至るまで殺し、あるいは生きたまま坑埋あなうめに処した。

 穢れた彼らの街は徹底して打ち壊し、その跡に清らかな新しき街を築いた。

 これらは全て、かねてからの主の御言葉に従ったのである。


 主の与えてくださる大地の実りは豊かになり、羊や牛は多くの仔を生み、またそれらの仔が育ち親となって更に多くの仔を生み、一族の富はますます増した。

 夫婦たちは戦禍の心配なく子供をもうけ、孫の孫の代には人はその地方に冠たる勢力となり、更に数代を経た子孫の頃には国家と称するに相応しい規模に至った。


 この国を我々は今や、古代の或る国の言葉で「ヘルム」と呼ぶ。

 その意味は「愚者」であり、蔑称の由来は国がその後に辿ることとなった歴史にある。


 人はいつしか安寧あんねいの暮らしに慣れ果て、おごり高ぶるようになる。

 主の奇跡を目の当たりにした人々はとうの昔に世を去り、文字として残されたその記録も、現世には起こりえぬ、ただの伝説や神話として軽んじられるようになる。


 神殿は大規模になり壮麗になったが、それは族長とその側近の威勢を示すに過ぎず、信仰のかなめである、主を愛し崇め奉る心は失われてしまった。盛大な礼拝は続けられていたが、その回数は次第に減り、主を讃美する祈りは安息日の祭壇に集う際の表面上の言葉、ただの飾り物になってしまった。

 彼らは形ばかりの信仰に満足して、清貧を忘れ、自らの富を最大の目的として働き、いくばくかのそれが得られるとすぐに悦楽に興じるようになった。


 悪徳が蔓延し、その末には人は姦淫や偽証を行っても恥じることはなく、友人を妬み、自らの繁栄に傲慢となり、魔族を地の全てから駆逐するなどはすっかり思慮の外であった。


 神官たちさえその高き地位に安住するばかりで、民を正しく導く気概を失ってしまっていた。

 一時の虚しい繁栄のため魔族の国と商いを行う者も出た。これはさすがに法によって禁じられたが、同様の罪を犯す者たちは後を絶つことがなかった。


 あまつさえ、主が固く禁じられた筈の美食の真似事に走る人々さえあった。

 人には味覚を感じる呪うべき器官はなく、それこそが主が亜人と我々を聖別されたしるしであるのに、彼の国から密かに仕入れた豪華な食器を並べ、奇怪な料理を盛り、がつがつと口に運んでは咀嚼そしゃくし、あたかもその味に感嘆したかのような振りをして悦に入る。罪深くも愚かしき娯楽であった。


 大抵は告発され刑に処されたが、姑息に刑罰を逃れた者たちもいずれ懶惰らんだな生活に堕ち、その家業は傾いて破滅を迎えた。

 主の戒められた通り、美食に対する欲望は他の全ての欲望に付随することができ、また、それらを助長するのだ。


 兵たちも脆弱になったが、稀には数を頼って討伐が行われ、その多くは戦勝を収めた。

 国土は更に広大になり、多くの獣人、巨人、矮人わいじんまたの名をドワーフ、森人しんじんつまりエルフたちが都に引っ立てられた。

 人々はそれらを奴隷として使役したが、やがて所有するその数が即ち富を示すという誤った通念が幅を利かせ、奇矯な格好に着飾らせた亜人をこれ見よがしに引き連れ歩く者まで現れた。特に富める者たちの中では、それらの亜人の中で見目の良い雌を隠れ家に囲い、側女とすることが習わしとなった。表沙汰にこそならなかったが、側女の中には魔族の雌もいたであろうことは想像に難くない。

 これは主に対する明らかな反逆であった。魔族は当然にむべき存在であり、他の亜人たちも、そもそも魔族のよこしまな技にて生み出された者たちだからである。


 これら背徳の行いの全てを、主はそのいかなる罪をも見逃さぬ眼で御覧になり、自らの民のために深く憂慮された。


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