第7話 顧問、そしてインドラとルドラ

「ガイアさんは今後どういった立場に?」

「妾は『顧問』じゃ。これまで何やかやと責任が重かったからな。自由に発言も行動もできる立場を夢見ておったのじゃ」


 ああ、それはそうでしょう。なにしろ300年は長かっただろうからねえ。

 やっと解放されて良かったですねえ。

 でも、そのせいで私はこんな面倒な立場になっちゃってますけど。

 しくしく。


「早速、顧問としての初仕事じゃ」

「何でしょう?」

「後進の育成じゃ。妾は弟子を取る事にしたぞ。魔王だった時は、特定の者に親しく魔法を教えるとエコヒイキと言われかねなかったからな。実は『師匠』と呼ばれるのに長いあいだ憧れておったのじゃ。弟子を紹介しよう。参れ」


 呼ばれて出て来たのは、あら、なんと銀髪メガネのソフィアさんようやく覚えた!だった。


「この娘を弟子にすることにしたのじゃ。妾がアスラと戦った時に、この娘が防御障壁を張るのを見たが、ヒト族にしてはなかなかのものじゃった。見所が有りそうなので、一番弟子にして鍛える事にした」


 ソフィアさんを弟子,マジ? 本人はそれでいいの?


「これは本人のたっての希望でもある。是非とも妾の弟子になりたいという事で、間違いないな!!有無を言わせずゴーインに

「あ、はい、まあ」

「何が『まあ』じゃ。この期に及んではっきりせん奴じゃな! さあ、もっと大きな声で!!!」

「ま、ま、間違いありません!」


 二人の間に何があったか、なんとなく見えたような気がする。


(哀れな。この娘、五体無事で済めば良いが……)


「では最初の修業じゃ」

「は、はい。それでワタシは何をすれば…」

「街へ出かけるぞ!」

「は?」

「やったあ、街ぶらじゃ! 護衛も御付きの者も無しに街へ出るのは本当に久し振りじゃ。妾がいろいろ案内してしてやるぞ。服屋とか甘いもの屋とか。最近、爪のお洒落をしてくれる、良さげな『ねいる・さろん』とかいうものが開店したと聞く。楽しみじゃあ!」


 と喜び叫んで弟子の手を引っ張り、それこそ突風のように部屋を飛び出して行った。呆気あっけにとられている私にゼブルさんが言う。


「ガイア様は、アスラ様と、アスラ様の中に居られるルシフェル様を信じておられるのです」


 いやいや、それにしてもハジケ過ぎじゃ?

 服とか爪とか、元素転換の魔法で簡単に好きなようにできるでしょうに。


(買物で店を覗いたり、人に爪を綺麗にしてもらうのは、また違うらしいぞ。我には良く理解できぬが)


 いやいやいや、元魔王様、現在は顧問が、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃね?

 最初に会った時と、印象が全然違うんですけど。

 威厳も何も、どこかに置き忘れてきてますよね。


(あれが本来の性格なのだ)


 育てのの顔が見たい。


(面目ない……)


 それからが長かった。

 ゼブルさんが、呼ばれて前に出て来た一人ひとりを紹介して、それに私が、


「わかりました。今後も励んでくれるよう、期待しています」


 なんて型通りの言葉をかけるああ、面倒クサいなあ

 その簡単な挨拶に対して、例えば、尖った耳に透けるように白い肌、縁なし眼鏡をかけて灰色の髪を七三分けにした、いかにも事務方の責任者っぽい実際そうだったエルフのおじさんが


「ははーっ!」


 なんて大仰おおぎょうに平伏したりする。

 そうかと思うと、山羊みたいな角を生やして頬の削げた鋭利な面貌、足首まである長い漆黒のマントと黒ずくめの上下、とんでもなく背の高い魔族さんが、私なんかよりよほど魔王らしい本当は宮廷音楽家!その威厳をいきなり崩壊させ、両手で顔を覆って


「うおおーんっ!」


 なんて泣き出したりする。芸術家だけあって激情型なんだろう。

 こんなんが何十人も続くのには参った。

 みんな、300年ぶりの新魔王の誕生に立ち会えたこと、しかもその席で直接に声を掛けられたことに感激してくれてるらしいけど、毎回これだから時間がかかってたまらない。似たようなことの繰り返しなんで、以降の描写は省略 ————



 ―――― したいんだけど、親衛隊の隊長さんを紹介された時に、ちょっとした騒ぎが起こった。

 この人は純粋なヒト族だそうだ。

 国の主だった顔ぶれだけでも、魔族は当然として、獣人やエルフやヒト族まで、あらゆる種族の人材が豊富だ。


「インドラ隊長は、元はヒト族の高名な戦士だったのを、我々が『へっど・はんてぃんぐ』したのです」


 ん、

 なんだか私の身近に似たような名前の人がおられたような。

 この面立ちも、年齢こそ違うけど、どこかでお見かけしたような。

 おまけに、どちらも金髪で、こっちはソフトモヒカン……


 その時、天井に何かを叩き付ける衝撃音が響いて、


!!」


 開けた大穴から、もう一人の金髪モヒカンが飛び出していらっしゃった。

 あーあ、やっちゃった。天井画が台無しだよ。


 ソフトモヒカン(体格大)さんはさすがに慌てず騒がず、振り下ろされた大剣の刃を人差し指と親指で摘まんで止めてしまった。そうするともう、モヒカン(体格小)がどれだけ力を入れても、刃はびくとも動かない。

 おー、ありがちな達人の反応だけど、実際に見たのは初めて。感激!


「魔王様には誠に失礼致しました。こ奴、ルドラは拙者の不詳の息子であります」


 これも感激! 自分のこと「拙者」とか言う人、本当にいるんだ。えっ、息子?


「拙者は10年ほど以前、ある王国の師範をしておりまして、その時に、武術に不真面目な馬鹿王子を瀕死にまでボコった事があり、処刑を逃れて出奔しゅっぽんしたのです」


 ん、バカ王子をボコって出奔?

 どこかで似たような話を聞いたような。誰だったかなー。


 ここでモヒカン(大)さんは剣から手を離した。

 で、モヒカン(小)が


「貴様ーっ! うりゃーっ!」


 とか何とか叫びながら滅多やたらに振り下ろす剣を、表情も変えず、「すいすい」と避けながら話を続ける。


「最初は家族と共に国を抜け出したのですが」(すいすいすい)

「狙われていたのは主に拙者でしたので」(すいすい)

「二人を安全な隠れ里に残し、拙者はゼブル殿から誘いがあったのを機会に、一人で魔族の国に参ったのです。いわゆる単身赴任であります」(すいすいすいすい)


 あらあら、息子さんの方は、もう肩で息してますけど。


「見苦しい。この位で息を荒げおって。鍛え方が足らぬぞ」

「え、偉そうに! はあはあ…… お、お前のせいで母は苦労を重ね、ついには」

「妻に何があった!?」



 それはそれは、おめでとうございます。

 どうぞお幸せに。


「しかし、はあはあ…… この俺は、母の再婚相手と上手くいかず、はあはあ…… 家を飛び出す羽目になったのだ。そ、それもこれも貴様と魔族のせいだ!」


 ああ、それで魔族を特に嫌ってた訳ね。そういうのを逆恨み、逆切れと言う。

 で、親父さんと魔族に恨みを晴らそうと、戦士になって魔族の国に。


 ところが親父さんの方は「再婚」の言葉を聞いて一瞬で表情が変わった。

 無言のまま茫然。えっ、もしかして知らなかったの? ショックだったがびーん


「隙ありーっ!!」


 ま、こうなるよね。

 でも親父さんは、悲しみにもめげず(?)、裏拳でモヒカン(小)の大剣の横腹を鋭く一発叩く。

 それなりの業物わざもの、名剣の筈だけど、このたった一撃で大剣は折れてしまった「ぺキっ」なんてね

 裏拳かあ。さすが親子だけあって、技も似てるなあ覚えてます? デリーシャス傭兵団の団長に……


「な!?」

「馬鹿者!」


 の声と共に、頬に強烈なグーパンチ。

 結局、一度も腰の剣は抜かず、息子を気絶させてしまった。

 それから静かに私に一礼し、息子の首根っこをつかまえて引きっていった。親父さんの目が心なしか潤んでたのは見なかったことにしよう。


 ゼブルさんは、この一部始終、嫌に落ち着いてた。天井裏に誰か潜んでるっていうのは感知の能力で重々わかってたらしい。でも


「ルドラさんの気配でしたから。インドラ隊長との関係も知っておりましたし」


 だそうだ。



 あれやこれやで、やっと全員の謁見えっけんも終わった、その時 ――――

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