天使のいないクリスマス

ひまかじま

1

イルミネーションというのを、初めて見た。

初めて見た、ってのは正確じゃないかも。小さな一軒家に点々と灯る光なら、幼い頃に何度か見た。

街を覆い尽くす、絢爛で毒々しいソレが、どうも記憶の中のモノと一致しない。

体を竦めて、派手な服を着崩した女が、ずーっと電柱にもたれかかってる。たまに男が通ると指を1、2本立てて喋って、そんで男は素通り。不自然な夜景にお似合いだな、と思う。

ふう、とため息をついた。白い息が上空に立ち昇る。空は1面黒く染まって、星なんかひとつも見えやしない。でも、それが良い。何も無い世界なら、1人で見ていても寂しくない。

ふと顔を下ろすと、そこはほとんど暗闇だった。イルミネーションは消え、あの女も居ない。どんな風に男を引っ掛けるのか、ちょっと気になってたのに。


「いくら?」


痩せこけた男が、隣に。ゾワッ、と途端に背筋が凍った。

「なっ、なん」

なに?と言おうとしたのに、上手く声が出ない。

「だから、いくら?」

痩せた男は繰り返した。言葉の意味を理解したのは数秒後。あぁ、私はあの女と『同じ』だと思われたのだなと理解し、顔が熱くなるのを感じた。

だから

「違います!!」

そう叫んで駆け出した。視界を色が埋めつくす。何色かは分からない。グチャグチャに変わっていくから。なんかあのイルミネーションみたいだな。

あーあ。

私、何してんだろ。

結局、その日は公園のブランコを朝まで漕いで過ごした。

家出をしてから、もう4日目になる。



コレ!っていう理由は無い。強いて言えば、日々の積み重ねってヤツだ。門限がどうの、サークル活動がどうの、カレシがどうの·····私はもう20歳も目前なのに、父の喧しさはなりを潜める様子もない。

だから、言ってやったんだ。「うるせェ!」って。そしたらアイツ、「どこでそんな言葉覚えた!?」って。

カチンときたのか、ガックリしたのか、とにかく私はそのまま財布を持って家を出た。アンタが近所のガキンチョ叱る時に使ってたんですよ、と言ってやることはできなかった。


日が昇った公園に、ホーホーと鳩が鳴く声が聴こえる。明朝の街は穏やかで、昨日の事なんか全部嘘みたい。けれど、そこかしこに散乱する乾いた吐瀉物が、私の妄想を否定した。

はァ、とため息をついて、白い息の行く末を見上げる。空は青くなりつつある。もう少ししたらこの辺りも人の通りが多くなるはず。そうしたら、少しくらいベンチで寝ても大丈夫かな。

視線を落とし、私はこの4日で軽くなった財布を開いて、その重さ通りの中身にまたため息をついた。今度は空を見上げなかった。

ホントに何やってんだろーな、私。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天使のいないクリスマス ひまかじま @skyrunner1997

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ