私の夫はロボットである

清水ハイネ

第1話 油切れ

「今日の晩御飯なにがいい?」

 台所からひょこ、と夫が顔を出す。アホ毛の形をしたアンテナがびよんびよんと揺れた。今日は湿度が高いらしい。

 着手には随分早い時間だなと思いながら画面右上の時計を見た。時刻は午後五時、いつもは六時ごろだから、今から買い出しに行くくらいなのにと首を傾げつつ考える。

「うーん、冷蔵庫の中に使わなきゃいけないものある?」

「特にないかな」

 秋になったものの、寒暖を繰り返すせいで食欲はあまりない。食べるならあんまり重くないものがいいだろう、と思った。

「じゃあ、うどんかそうめんがいいな」

「りょーかい」

 彼はそう言って視界から消える。さて、作業を再開するかと画面に向かうと、あ、という声がした。

「どうしたー?」

 返事はない。気になって見に行ってみると、鍋の前で硬直する夫の姿があった。とりあえず火を止める。ほっぺや腹をつついてみるが反応はない。背に耳をつけると、心臓エンジンが動いているのは確認できた。

 どうしよう、困惑しつつも腕が動かないことを確認した。油切れで間違いない。セーフティが働いてスリープに入ったのだ。

 私はポケットから端末を取り出して通話ボタンを押す。宛先は料理の得意な友人である。ちょうど暇だったらしい彼女は、数秒で応答した。

『突然どうしたんです?』

「いや、夫がオイル切れになっちゃって……」

 ほう、珍しいね、と彼女はいった。夫はマメでこういったことはそうそうない。

『潤滑油何つかって動いてるんだっけ?』

「サラダ油」

『じゃあ台所にあるでしょ。差せばいいじゃん』

「……どこにあるかわからん」

 通話口の向こうから、ハァ、というため息が聞こえた。離婚されるぞ、と言われて何も言い返せない。

『一般のご家庭なら、コンロの下に入ってると思うよ』

 ぱか、と言われるがまま扉を開くと、ご丁寧にラベルが貼ってあるボトルが二つ並んでいる。


──調理用

──潤滑油


「……」

『あった?』

「見つけたけどお説教かな」

『どうしたん?』

「潤滑油、調理用より安い油使ってる」

 まったくもう、といいながら、混ぜるわけにはいかないため、ひとまず潤滑油用のサラダ油を取り出した。

「稼ぎが足りないのかな……」

 私が眉根を寄せると、たぶんそういうことじゃないと思うよ、と彼女は苦笑した。

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