花
うつりと
横井まつり
私の命は尽きない。何故だか分からないが、春夏秋冬、他の花たちが枯れるのを、水分を失っていくのを見ながら咲いている。
春夏秋冬を繰り返しじっとしているのは途方もなく思えて辛いけど、最近「あの子」に出会ってからは「あの子」の成長を楽しみに生きている。
ある春の晴れた日。「あの子」は母親の抱っこ紐にくるまれてやって来た。いくつだかわからないが、時折キャッキャと笑い声をたてる姿が愛らしい。そして「あの子」は、くる日もくる日も母親に連れられてやって来た。
時は静かに過ぎていった。大好きで暖かな春、しとしとと雨が降りつづけ、鳥たちも羽を休める梅雨を過ぎれば目も眩むような日差しの夏。木々が鮮やかに彩られる秋。人々がコートの襟を立てながら、足早に通り過ぎていく冬。
私の命はまだ尽きなかった。多くの会話を共にした友だちが枯れていっても、ただそこにいて、彼女が通るのを見ていた。抱っこ紐からベビーカー、そして母親と手をつないで歩けるまでに成長した。私はもうずいぶんと長いこと彼女を見つめていた。
幼稚園に通うことになったのか、制服の上にコートを羽織った彼女が通りかかった。その日はとても寒かった。そして、それまで一度も私に目を向けることの無かった彼女が、不意にいった。
「ママ、お花!」
「こんな寒い日にお花咲いてるわけないでしょ。」
母親が答えた。
「でもひとつだけ咲いてるよ。」
彼女の手が伸びてきて、私は「あっ!」と思った。気づけば私は地面から離れ、ずっと成長を見てきた彼女の手の中にあった。
私の命は、いくつもの季節の間、地面に根をはり、尽きることはなかった。私の人生はここで終わるのか、これからも続くのか。彼女のそばで、成長を見守り続けることができるのか。未知の未来に、私はわくわくした。
花 うつりと @hottori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます