悲劇な公爵令嬢は王子の生きる意味となる。
藍坂イツキ
前編
「俺、素晴らしい女性を見つけたから―—ごめん、婚約は破棄させてくれ」
一週間前、幼馴染である彼にそう告げられた私は泣き崩れた。
いや、前兆はあったかもしれない。
この前までは毎週、王家にいる彼に向けて何度も恋文を書いては送り、彼も私に返信してくれた。
なのに、この一年くらい。その頻度は一気に減ったのだ。私には理由も、意味も全く分からなかった。普通に風邪でも引いたのかな? と、昔から体が弱い彼の事だからどうせ具合が悪くなったんだろう―—と思っていた。
しかし、蓋を開けてみればそう言うことだったのだ。
よく、男は浮気をしやすいと言うが——まさか、彼もそうだったなんて思いもしなかった。
これだから男は……なんて私は言いたくはないのに、そう言わせられる状況を作られた。
正直、私はおかげで若干の男性恐怖症にもなった。
私は……素晴らしくないのか? そんな風に沸々と悲しみと絶望が沸き上がてくる。
どうして?
でも、それでも。
でも、そんな私でも幸せは勝ち取れるということを証明したい。
すべての女性たちに向けて、頑張る人々に向けて……‼‼
――――――――――――――――――――――――――――――――――
私の名前はローズリッテ・エミュシエル・ロベリア。
最近、幼馴染の王子にフラれた19歳公爵令嬢でもある。
もはや、人生の辛さを精一杯感じたせいか、最近は29歳ですかって言われるくらいだ。大体、女性の年齢を間違える時点で〇刑にしたいくらいだ。
失礼極まりないったらありゃしない。私の涙腺を何だと思っているのやら。全く、これでも私は乙女なんだ。
そんな日から一週間が経ったある日、再び国王主催のパーティに御呼ばれした。
ちょうど、新しい結婚相手を見つけるいい機会だと思ってはいたが……昨日のパーティで痛い目を見た私からしたら正直あまり期待はしていない。
というか、王子に振られた私に興味を持ってくれる方はほとんどいない。
まぁ、仕方ないのかもしれない。
所詮、王子の切れ物。忘れ物だ。そんなお古を頂こうなどと考える人は皆無。
つまり私はもう、未来がないのだ。
悲劇のヒロイン。
いや、悲劇の女の方があっている。
ヒロインなんて言う素質、私には微塵もないし、助けられたことなんて一度もない。むしろ、助けてきたのは自分の方。いつも、自分の運のなさを呪って生きてきた。
しかし、そんな私が悲劇のヒーローに出会ったのは、まさに、そんな絶望に暮れて自分の生きる意味が見いだせなかった―—暗かった時期だった。
☆☆
昨日、またもや王家主催のパーティに呼ばれた私は化粧台で適当なおめかしをして、会場へ向かった。
誰のエスコートもない、一人でウエイトレスからもらったノンアルコールのカクテルを貰って口をつける。どうせ今日もそう終わるのだろうと思った——その時。
私はすぐに一人の男性が目についた。
大広間のその奥、カーテンの歌劇に隠れながら座ってひとしきり遠くを見つめている一人の男性。
美しく照り輝く碧眼に、さらっと流れる金色の頭髪。
高身長で私よりも頭1.5個分ほど違う彼に私の視線は吸い寄せられていた。
「あの方しかいないっ……」
直感、まさに運命的な何かを感じた。
こう、心を鷲掴みにされるような……繋がった様な……神のお告げを受けたかのような感覚に襲われて、私はいつの間にか彼の元へ走っていた。
彼の目の前で立ち止まった私は桃色のリップを塗った口を開き、話しかける。
「……あの、隣いいですか?」
「え、あ、はい……いいですよ」
冴えない返事。
綺麗な青色の瞳がシャンデリアの光を反射させて、煌びやかに輝きを見せている。
綺麗な瞳。
私はただ単純にそう思う。
「あのぉ……ここで何かしているんですか?」
本当に、なんとも言葉に表せられない―———美しい顔。
私が見てきた中で最も美しく、かっこいい顔立ちをしているだろう彼はどこか沈んだ表情をしていた。
「あぁ、その……俯瞰です」
「俯瞰……?」
「僕、あまりモテないので……端にいる方がいいんですよ」
「モテないなんて……そんな綺麗な顔なのに……」
「いやぁ、まさか……ははっ。お世辞だとしても嬉しいですね、女性にそう言われるのは」
「お、お世辞ではないですっ。私はただ、本心を……」
「本心ですか?」
「ええ、もちろん。それにそんなところで嘘なんかつきませんし」
「……っ。優しい、方なんですね……」
「いや、そんな……。あ、その……お名前は?」
「ベールスホット・フォン・アインツベルです……」
「あ、アインツベルさん……ですか」
どこかで聞いたことがある名前だ。
首を傾げながら少し黙ると、彼はこちらを見つめこう言った。
「はいっ……えっと、あなたは?」
「あぁ、私はロベリアです。ローズリッテ・エミュシエル・ロベリアで……えっと……財務局に努めているローズリッテ公爵の公爵家、長女ですっ」
「あぁ、あのローズリッテ公爵様のっ。そうでしたか……あなたがあの、ロベリア様……」
若干焦りながら名前を言うと、彼は知った様な口でそう呟いた。
あのロベリア様……?
私とアインツベル様には別に、交友関係はなかったし……知っていることなんてない。首を傾げていると、それを見かねた彼はニコッと微笑み―—
「僕の国もお世話になっていますよ、すっごく……」
「え……国?」
その瞬間、私の頭は固まった。
何せ、彼の言っていることが分からなかったから。
今、彼はなんて?
『ああ、あのローズリッテ公爵様の……』
ってそっちじゃない! 重要なのはそのあとの方です!
『私の国もお世話になっていますよ、すっごく』
私の……国?
え、国って何?
このパーティは国王様主催で、さまざまな貴族が来ているし、なんなら他の国の関係者の方々も多く来ている。
聖職者、貴族、冒険者、魔術師、軍人、近衛騎士……数えていけばキリがないほど。平民以外の全ての役職の方々が集う年に一回の大イベント。
そして、そんなイベントに来ている彼は……ベールスホット・フォン・アインツベル……
ベールスホット・フォン……ベールスホット……ん?
「えっ⁉︎ ベールスホット帝国の⁉︎」
「はい……第五王子のアインツベルですね。ご存知なかったですか?」
「そんな、まさか‼‼ 知ってますよ‼ というか本物ですか‼‼」
「あははっ……それはそれは、ありがたいことですねっ」
まさか、よく有名雑誌に載っているあのお淑やかでベールスホットの中でも指折りのイケメンのアイン様。優しくて高身長で、それに勉学や肉体も完璧で、その凄さには一貴族ながら私も感心した。
なぜ、初見で気が付かなかったのかと思うくらい。我ながら、恥ずかしい。
しかし、私は同時にこんなことを思った。そんなにも凄い彼がどうしてこんなところで独りでいるのか。人望も実力も、それらすべてを完璧に持っている彼がどうしてこんな場所にいるのか……。
「あの……どうして、一人で……?」
気が付いたら私は口走っていた。
「聞いちゃいます、それ?」
やば、終わった。デリケートなことを話題にあげた自分を呪ったが、過ぎてしまったことを変える事はできなかった。
「あ、え————そのっ! い、嫌ならいいです……けど……少し、疑問で」
「はははっ……そんなに慌てなくても怒らないですよ?」
「す、すみません……」
「いえ、大丈夫です。ですが……少々ここでは話をするのは難しいので、場所を変えましょうか」
すると、彼は手に持ったワイングラスをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がる。
「お、おおきっ⁉」
「そちらは——小さいですね」
とんとんっ。
頭を優しく叩かれてしまい、思わず胸がドキッとする。
このさりげない優しさから分かるけれど……私の目には狂いはなかった。
★★
「ここならいいかなっ」
数分ほど歩いて、私たちは大広間の外。
近衛騎士隊の見張りも少ない夜空が見えるベランダに来ると、アイン様は振り返りそう言った。
「は、はいっ。私は大丈夫です!」
「君は大丈夫でも僕がね?」
「あ、す、すみませんっ」
「冗談」
「え?」
「ちょっと意地悪しちゃくなっちゃってね……大丈夫、冗談。ジョークだから」
「あ、は、はいっ……その、すみませんっ。アイン様」
「なんで謝るの……まあいっか。あと、僕のことはアインでもベルでも呼び捨てで大丈夫ですよ?」
「そ、そんな————できないですよ‼‼」
「じゃあ、理由は話さないよ?」
「うっ……そ、それは……ずるいです」
「ずるい? どこがかな?」
微笑みながら凄いこと言ってくるこの王子。
まさか、凄くドSなのでは? とさえ思ってしまう。
「な……、そんなことは……」
「じゃあ、言ってくれない?」
「そのっ……えっと…………べ、べ……ベル様?」
「ありがと、ロベリア」
っ。
一瞬で顔が赤くなった気がする。
なんですか、この王子は。
「それで、本題行きましょうか」
彼がそう言うと、一気に重苦しい雰囲気が漂っていく。
思わず生唾を飲み込んで、私はそのお話に耳を傾けることにした。
☆☆
「——僕は明日、死のうと思っているんです」
真っ暗な夜空、そして遠くから聞こえてくるパーティの賑わった大衆の声。
星々が微かにアイン様の顔を照らす中、彼はそう言った。
「え?」
思わず、聞き間違いだろうと考えた。
意気揚々と小国とは言え、王家でいい位置に着く王子様がそんなことを言うわけがない。そう思っていた私は思わず、一音を洩らしていた。
「いやぁ……ね。僕は一応、王子として王位継承権も与えられてるんだけど、どうやら父さんに気に入られてるっぽくてね、それで兄さんから嫌われて……そんな感じになるならいっそのこと死のうって」
「そ、え……な、何を言って」
もちろん、声なんて出るわけもなかった。
そんな深刻な表情と声色に何かができるわけもない。
ただ、そんな言葉を呆然と立ち尽くしながら聞いていた。
「ははっ……それにさ、もういい頃かなって」
「まだ……20歳じゃ……」
すると、彼は唇に人差し指を付けて、静かにしてと目配せを送る。
びっくりしてしまって、思わず叫んでしまった。
「なんで、そんな……」
「嫌がらせも飽き飽きだし、帝都の女性たちからの声援も正直……足枷にしかならないんですよ。何を言っているのかって思われるけど、プレッシャーも凄いし、少し顔がいいだけだし……もう、辛くて……」
「やめて、ください……よ」
私は咄嗟にそう言ってしまっていた。
ついさっき、運命的な出会いを果たした私から言わせてもらえばそんなことは言わないでほしい。まして、憧れの的で、今やベールスホット帝国では特に人気な方なのだ。そんな不幸には思えないし、まさか死のうなんざ考えているわけない……と。
しかし、彼は今にも泣きそうな目で。
「あははっ、ごめんね。君の様な綺麗な女性にこんな情けないこと言っても……」
「いや、そんなことは‼‼」
「ははは……」
悔しそうな顔、そんな姿を見て私は何もできていなかった。
どうしたらいいのか、一体、何をすればいいのか?
彼を婚約者にしたい―—そんな当初の目標ですら忘れるくらい、私はその場に突っ立っていた。
「そう言えば、ロベリアさん」
「な、なんでしょう?」
「その、明日、冥途の土産と言いますか……良かったら僕と一緒にデートでもしていただけないでしょうか?」
「え、わ、私でいいんですか?」
「はい、凄く綺麗ですし……こんな泣き言も聞いてもらって、もしよければその、お返しをしたいので……」
「いえ、むしろ‼ 歓迎ですよ‼‼ その、私でいいのならっ」
「では、明日よろしくお願いしますね……」
そんな、成り行きで始まった関係は徐々に変化を見せていくことをこの時の私はまだ知らない。
☆☆
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