拝啓、僕を殺したあなたへ。 〜高校生にタイムスリップした三十路の派遣社員は、もう二度と幼馴染を死なせたくない〜
どまどま
第1話
毎日が退屈だった。
飯塚(いいづか)良也(よしや)。
三十歳。
大手自動車メーカーの派遣社員。
なんのために生きているのかわからない。強いて言うなれば、生きるために生きている。
家に帰ればカップ麺をすすり。
スマホでゲームかネットサーフィンをして寝るだけ。
生き甲斐は過去に置いてきた。
この歳になれば立派な《なにか》になっていると思っていたけれど、その《なにか》すらわからないままおっさんになってしまった。
毎日が退屈だ。
生きるために生きている。
いや、死にたくないから生きている。
歓迎しない朝を迎え、死んだ顔で作業をしているおっさんたちと仕事をし、汚い部屋で寝る。
そんな俺の生活が変わったのは、そう――一通のメールだった。
朝。
「……クソが」
メールの通知文を見た俺は、思わずスマホを放り投げそうになった。
そこにはこう書いてあった。
――大同窓会のお知らせ。
――大宮西高等学校、46期生の皆様へ、なんやらかんやら以下省略。
くだらない。
読むのも億劫だ。
どうやら、母校が諸事情あって閉校するらしい。その前に大規模な同窓会をしようと、リア充だった卒業生が奮闘しているようだ。
「くだらねぇ……」
思わずそうひとりごちる。
なにが同窓会だ。
俺の人生は真っ逆様に転落してしまった。当時から《根暗》と呼ばれる俺だったが、その頃よりさらに堕落したヒョロガリが俺だ。昔より髪も薄くなっている。
――こんな姿、誰にも見せられねぇよ。
どうかしてる。
こんなもんに参加するつもりはない。
そう思い、俺は昼寝の続きを楽しむことにした。くだらないことで休日を無駄にしたくない。せっかくの休日くらい悠々自適に暮らしたい。
……そう思ってたのに、ほんと、どうかしてるよな。
数秒後、俺は同窓会の通知文をもう一回確認していた。
ほんと、どうかしてる。
三月二十日。
埼玉県大宮市の某高級ホテル。
受付を済ませた俺は、各所に展示されている写真を見回っていた。
いまから十二年前。
俺はたしかに|ここ(・・)にいた。
敷地内に小さな古墳があって、リア充どもがそこでギャーギャー騒いでいるのを遠目で見てたっけ。本当に馬鹿な連中だといまでも思う。
――こう考えてみると、俺って精神的には十二年前と変わってないな。外見はまあ、さらに残念になってしまったが。
「……こほん」
軽く咳払いをし、襟元を整える。
見た目がみすぼらしいからこそ、身だしなみには気を遣った。久々に着用したスーツは、この日のためにクリーニングにかけた。いつもは服の皺なんて気にしないのにな。
ほんとに、どうかしてる。
昔の同級生と情事に発展するわけもあるまい。俺も同級生たちも、もう三十だ。だいたいの奴らが結婚してる。独身どころか彼女すらできたことのない俺なんて、それこそ希少生物に等しいだろうな。
「お! 飯塚? 飯塚じゃないのか!?」
「ん……」
ふいに声をかけられた。
高級そうなスーツをぴたりと着こなし、顔に生気と活力の宿った男。普段の俺ならば決して関わることのない人種だ。
「え……と……?」
誰だっけ。
戸惑う俺にすべてを察したのか、男は苦笑気味に笑った。
「はは。田端(たばた)だよ。三年のとき同じクラスだったじゃんか」
「田端……」
数秒考え込んだ俺は、今度は心のうちを正直に吐露した。
「えっと、誰だっけ」
「おいおい、嘘だろおまえ……」
田端はがっかりした様子でうなだれる。
だって仕方ない。
元々他人には興味なかったし、卒業から十年以上も経ってるんだしな。
じゃあなんで来たんだよって話だが。
「――ま、とりあえずこっち来いよ。七組の奴ら、集まり始めてるぜ」
「七組……」
言われた言葉を、俺はぼそりと呟いた。
「そっか、俺七組だったな」
「マジかよ……」
一層にうなだれながらも、田端は俺をとあるテーブル席に案内してくれるのだった。
「お、飯塚くん!」
「マジか! 飯塚も来たか!」
「久しぶりー!」
テーブルにつくと、同級生たちは黄色い声で迎えてくれた。
当時はともかく、もうみんな大人になってるからな。あまり目立たなかった俺でも、さも当然のように歓迎してくれた。
まあ、9割方の人たちは顔と名前が一致しないけどな。十ニ年という歳月は、人を残酷なまでに変えさせるもんだ。
かくいう俺も、同じように思われてるんだろうが。
「ねえ! 飯塚くんっていまなにやってるのー?」
ひとりの女性に話しかけられた。
須賀(すが)――名札にはそう書いてある。
やはり顔と名前が一致しないが、当時クラスの中心に立ってた女の名前だな。
「ん。カノンで働いてる」
「カノン! 大手じゃん」
正確には下請けの派遣社員だが、嘘ではない。
須賀もそれに気づいているのかどうか知らないが、深くは突っ込んでこなかった。やっぱり昔とは違うな。
「懐かしいねー。飯塚くん、前の同窓会にも全然来なかったし」
前の同窓会?
そんなの誘われてないぞ。
……という動揺を悟られぬよう、俺はうすら笑いを浮かべる。
「ま、まままあな。予定が合わなくてな」
「そっかー。ま、それじゃしょうがないよね」
その後もとりとめのない会話が続いた。
十ニ年前なら、根暗な俺に話しかけてくる連中なんていなかったけどな。
そんな俺でもそこそこ会話できるのは、やはり歳月による影響が大きいだろう。
たぶん俺は持ち前の挙動不審っぷりを発揮しているだろうけど、それを笑ってくる者はひとりもおらず。
次第に話は深堀りされていった。
「飯塚くん来るならさー。由美も来られれば良かったのにねー」
須賀が残念そうに呟く。それにつられた女性陣が、「ねー」と言いながら同じような表情になった。
「由美……」
由美。
由美。
――桜庭(さくらば)由美。
他人に興味のない俺だが、そいつの名だけは克明に思い出せた。
そうだ。
妙に俺に突っかかってきて、ときには暴力みたいなことをされたこともある。それが周囲にはイチャイチャしているように見えていたらしく、一部では交際の噂が広まっていたらしいが。
……ま、それは単なる憶測にすぎない。
俺たちはなにもなかった。
だってありえないだろ。冴えない俺を、いったいどんなマニアが好むってんだ。
という俺の疑問を、今更ながら須賀が真っ向から否定してきた。
「飯塚くん、あのとき気づいてなかったでしょ。由美の気持ち」
「は? 気持ち?」
「ほら、やっぱり気づいてない」
そう言いながら、須賀たち同級生は苦笑を浮かべる。
「この鈍感くんめ」
須賀はため息を吐きつつ、続けて言った。
「あのね、ああ見えて由美はずっと飯塚くんが好きだったのよ」
「えっ」
嘘だろ。
「だって、あの暴言の数々は」
「由美も不器用だったからねー。そうするしか飯塚くんを振り向かせられなかったんだと思うよ」
「じゃあ、あの暴力の数々は」
「飯塚くんに触れたとき、顔を赤くして喜んでたけどね」
マジか。
気づかなかった。
本当にそうだったのか。
……まあ、だとしても今更わかったところでどうしようもない。
お互いに30歳になっちまったからな。俺はともかくとして、あいつはすでに結婚しているだろう。外見だけは綺麗だったし。
そうか。
桜庭由美か。
あいつはどんな大人になってるんだろうな。
「……で、その桜庭は来てないのか?」
純粋に気になった俺は、その疑問を須賀にぶつけてみた。
――が。
須賀は片眉をひくつかせ、黙ってしまう。さっきまでのほのぼのとした雰囲気が嘘のように。
「……そっか。ごめん。飯塚くんは知らなかったんだね」
そして言いづらそうに続いた言葉が、衝撃となって俺の脳から足のつま先までを貫いた。
「由美ね。亡くなったのよ。交通事故で……」
「なに……」
にわかには信じられなかった。
あいつが死んだ?
まるで台風そのもので、生命の塊のようだったあいつが?
「そうか……。死んだのか……」
さすがに驚いた。
いくら俺でも、人の死を聞いて無感情でいられるほど腐っていなかったようだ。
悲しいのかなんなのか、よくわからないモヤモヤが胸にわだかまる。
俺の人生は、高校の在学中から転落してしまった。父が職を失い、大学の受験ができなくなったのがきっかけだ。
さりとて就職もしたくなかった俺はすっかりふてくされてしまい、フリーターとしてずるずる生きる道を選んでしまった。
それが俺の転落の始まりだった。
――もし。
高校在学中にあいつと交際していたら、俺の人生はまた変わっていたんだろうか……?
そんな思考を抱いた瞬間。
「うっ……」
視界が、暗転した。
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