1-3

 最初に訪れたのは、高鷲山たかすやまの入り口から少し上ったところにある神社、高鷲たかす神社だ。

 ここには、空と天気を守護しているって言われる、威狩呂守いかろす神っていう神様がまつられているんだ。

 ここは、あいつが見つかって、保護された場所でもある。

 この町や隣町で遊び回る前には、ここに立ち寄ってお祈りをするのが、俺にとって大切な習慣になっていた。

 それは、怪我やトラブルなく無事に『冒険』を楽しめますようにっていうお祈りでもあるし、あいつが見つかりますようにっていうお祈りでもある。

 とにかく、ここでのお祈りには、俺にとってはめちゃくちゃ大事な意味が込められてるってわけ。


「……神様」


 本殿に入ったら、お賽銭を挙げて、二礼二拍手。

 一礼の前に、しっかりとお祈りをする。

 どうか今日も、怪我なく、事故なく、トラブルなく、元気に冒険を楽しめますように。

 俺のまだ知らない、新しい世界ばしょが見つかりますように。

 そして――そこで、あいつともう一度、会えますように。

 ぎゅっと目をつむって、心の中で、真剣に言葉をつむいでいた、その時だった。


 ひときわ強い風が、ザアッと音を立てて、境内の木々をゆらした。

 ざわざわと大きくこだまする、枝葉のゆれる音に、なんとなく不安をかき立てられる。

 何だろう。

 ひょっとして、俺、神様に歓迎されてないのか?

 まあ、そうなのかどうかは置いておいて、お祈りは終わったし、早く出よう。

 そう思った俺の目の前で、突然、本殿の中が、まぶしく光り始めた!


「え……?」


 よくよく見れば、いつもは閉まっているはずの、ご神体と神器をまつっている部屋の扉が、ゆっくりと、ひとりでに開いていく。

 何でだ? 宮司さん、鍵を閉め忘れたのか?

 きょろきょろと辺りを見回す。

 周りには、宮司さんどころか、俺以外には参拝客の一人もいない。

 ……少しなら、いいよな。


「……ごめんなさい」


 そうつぶやいて、俺は、本殿にある木の柵を乗りこえて、ご神体がまつられている部屋に入っていった。




 部屋の奥には、ご神体としてまつられている大きな木像がある。

 光は、その手前にある木製の台に置かれた、この神社に伝わる神器から発せられていたんだ。


「これって……」


 俺は、それを見て、思わずつぶやく。

 こいつは、【鳥狩人釧とがりびとのくしろ】。

 何年も前に神社の本殿を建て直した時に、本殿の真下を掘り返したら見つかったっていう、大昔の金属製の腕輪だ。

 さびついていて、元々はどんな色をしていたのか、どんな装飾がされていたのかも分からない、ぼろっちい腕輪。

 年に一度のお祭りの時にだけ公開されるそれを、俺も、何度か見たことはある。

 だけど……


「何だって、これが光ってるんだあ?」


 太陽の光が当たって光って見える――とかじゃなくて、腕輪そのものが光っている。

 そんなことってあるか?

 腕輪を見ながら、俺が首をひねっていた時だった。


 ――れよ


 突然、頭の中に、男の人のものとも女の人のものともつかない、不思議な声が響いた。


 誰かに見つかったのかと思って、とっさに振り向くけれど、誰もいない。

 それどころか、さっき入ってきた扉が、いつの間にか閉まっている。

 俺、閉めた覚えなんてないのに!

 あわてて扉を開けようとするけれど、接着剤でも使ってくっつけられたかのように固く閉ざされてしまって、一向に開く気配がない。

 その間にも、背後にある腕輪から発せられる光は、どんどん強くなっていく。


「な、何なんだ……?」


 一体、何が起こってるんだ?

 いよいよ少し焦り始めた俺の頭に、さっき聞こえてきたのと同じ声が響く。


 ――触れよ、勇気ある少年よ


「触れよ……って……あんた誰だよ、どこから話しかけてるんだよ?」


 思い切って、その声に返事をしてみるけれど、それに返ってくる声はない。

 きょろきょろと部屋を見回す俺の視線は、最後に、まぶしく光り輝く腕輪をとらえた。


「……これか……?」


 もしかして、触れよって、これにさわれってことか?

 さっきからめちゃくちゃ光ってて、ちょっと怖いんだけど……


「ああくそっ、どうにでもなれ!」


 ぶんぶんと頭を振って、ほんの少しわき上がっていた恐怖心を打ち消す。

 ゆっくりと手を伸ばして、指先が、そっと腕輪にれた、その瞬間。


 ――腕輪からあふれ出していた光が、ひときわまぶしくなって、弾けた。


「うわっ!」


 思わず声を上げて、目をつぶる。

 まぶたを閉じているのに、網膜を焼くかのようにまぶしく感じられるくらいの圧倒的な光。

 けれど、俺の全身を包み込んだその光は、だんだんと穏やかになっていった。


「……?」


 恐る恐る、目を開ける。

 すると、俺の目の前の景色は、一変していた。

 辺り一面に広がる、白、白、白。

 上を向いても下を向いても、右を向いても左を向いても真っ白な世界に、俺は立っていたんだ。


「なっ……んだよ、ここ」


 山は? 神社は? 本殿は?

 混乱する俺の目の前で、突然、何もない所から、やわらかな光が灯る。

 そこに現れたのは、見たこともない誰かの姿だった。

 俺よりもずっと背が高くて、真っ白の長い髪がゆらゆらと腰の辺りでゆれている。

 男か女かはっきりしない見た目のそいつは、その金色の瞳で、俺をじっと見つめてほほえんでいた。


 ……きれい、だ。


 その姿に見とれて、思わずぼうっとしていた俺の前で、そいつは、そっと両手を差し伸べてくる。

 その手の中に、赤い光の玉が生まれたかと思うと、それは、ゆっくりと形を変え始めた。

 光の中から生まれたのは、金属でできた腕輪。

 金色の本体に、文字にも記号にも見える、何やら複雑な模様が彫られている腕輪。

 大きな赤い宝石が埋め込まれているそれは、どことなく、鳥狩人釧とがりびとのくしろと雰囲気が似ているような気がした。


「……これ……」


 俺がぽつりと呟くと、目の前にいる謎の人が、口を開く。


れよ」


 それは、俺がさっき、神社の本殿で聞いたのと同じ声だった。


れよ。さすれば、新たなる世界への扉は開く」


 新たなる、世界。

 その言葉に導かれるままに、俺は、迷うことなく、腕輪に手を伸ばす。

 なぜか、不思議と、怖くはなかった。

 俺がもう一度腕輪に手を伸ばすと、腕輪はふわりと浮き上がって、ひとりでに俺の手首にはまる。

 俺のために作られたのかと思うほどにぴったりサイズのそれが、俺の手首に納まった瞬間――世界が、再び真っ白に染まっていく。

 目の前にいる人の姿も、光にかき消されていく。


「あ……!」


 消えていく人影に、腕輪がはまったままの腕をめいっぱい伸ばす。


「待ってくれよ! あんた……一体誰なんだ!?」


 俺の問いに答えることもなく、その人は、ただ微笑みだけを残して消えていく。

 やがて、俺の視界も、真っ白な光の色に染められて――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る