第21話 再会を祈る者

 セレーネが1つ目の星の雫を手に入れ、彼女の妹・ステラがミーティアより失踪してから半月の時間が流れた。


 あれから既に5ヶ所を回り、今手元にある星の雫は6つ。

 クラーケン、ケンタウルス、イルカ、一角獣、水蛇と、水瓶の能力だ。生き物達はセレーネが星の雫を要にして呼び出すことで使役できる星獣となるようだが、水瓶の方はまだ使い方がわかっていない。


 だが、確実にわかるのは、セレーネの力が歴史上類を見ない速さで成長を続けていると言うことだ。


 もう個人を対象とした治癒術ならば、瀕死の状態をものの一分で全快させられる。広範囲治癒術は、街3つ分にまで範囲が広がった。擦り傷一つに数十分かかっていた祖国の頃とは雲泥の差である。これは、流石におかしい。


 周囲は彼女を囃し立てたが、セレーネ自身はあまりの変化に喜びより先に恐怖を覚えてしまっていた。

 そこで目に留まるのが、シエルから貰ったブレスレットだ。彼女の瞳と同じ碧色の宝石が付いたそれは、彼いわく魔術の補助具だという。これが力を底上げしているのではと一度外して使ってみたものの、特に魔力が弱まるような事は起きなかった。


(一度、司祭様にお願いして魔力値精密検査を受けてみたほうが良いでしょうか……)


 しかし、シエルは今、一刻も早くセレーネを正式にルナリアの聖女とする為。そして居なくなってしまったステラの捜索の為に心を砕いてくれており、多忙を極めている。ここ数日は、欠かさずとっていた二人での食事の時間すら無い状態だ。

 こんな時に余計な心配事を増やすのは申し訳ない。


(それに、未だにステラの手がかりも得られていない……。あの子ったら、どこに行ってしまったのかしら)


 ルナリアの王に頼まれた各地の浄化の中には星巡りの地から近い箇所も多く、この半月、現地をめぐりつつセレーネは寝る間も惜しんで妹の姿を探した。しかし、まるで何も掴めていない。


 セレーネと違い、ステラは攻撃魔法などの戦闘にも長けている。ある程度の自衛は出来るとは思うが、それでも一人の女の子。姉としてはやはり心配だ。


 こんなことならあの日、教祖達から無理にでも逃げ出して真実を話しておくべきだったと、後悔してもしきれない。

 とは言え、複雑だった立場のセレーネを受け入れてくれたシエル達の手前、責任を投げ捨てて妹を探しに行くわけにも行かない。


 今のセレーネに出来るのは各地巡り時の捜索と、毎日ルミエール教会の大聖堂で祈りを捧げることだけだ。


(天空の女神様、どうか、どうかあの子を御守りください……!)


 深夜の大聖堂は、かなり冷える。それでも月明かりに透けるステンドグラスの前で膝を付き祈りを捧げていたセレーネの肩に、シエルは毛布を被せた。


「ーっ!司祭様……」


「お邪魔をしてすみません。ですが、あまり身体を冷やすと明日に響きますよ」


 自分だってろくに休んでいないだろうに、シエルはいつもセレーネを気遣ってくれる。始めの頃はただただ申し訳なかったその温もりに、今は何か別の感情が芽生えつつあった。


「あ、ありがとうございます……」


「いいえ、自分がしたいだけですから。さぁ、部屋までお送りしましょう」


 差し出された手をおずおずと取ると、シエルはセレーネをエスコートするように歩き出す。その背を眺めていたら、ふっと既視感に襲われた。


 ずっとずっと昔、こうして誰かに手を引かれて歩いたことがあるような気がする。


「あの、し、シエル様……?」


「ーーっ!」


 初めて名前を呼ばれて驚いたシエルだったが、振り返って見えたセレーネの表情を見て、あえてそこには触れぬことにした。


「どうかしましたか?セレーネさん」


「いえ、その……、私のことだけでなく、妹のことにまで気を配って頂いて、本当に有り難いのですが。どうしてここまで、してくださるのかと……」


 数回目を瞬かせてから、ふっと笑って再びシエルが歩き出す。


「まだ内緒です」


「えっ?」


「ふふ、すみません。意地悪したいわけではないのですが……、今、貴女は妹君の事で気持ちに余裕がないでしょう。もう少し落ち着いたら、その時お話しますから」


 そう言われてしまっては、頷くしか無い。同時に、本当に見つかるだろうかと不安がまた押し寄せてくる。


「また、会えるでしょうか……」


 呟いてしまってからハッとなる。答えづらいことを言ってしまった。

 しかしシエルは焦りもせず、はっきりとした声音で答える。


「会えますよ、必ず。互いが会いたいと、心から祈っていればね」


「ーー……」


「なんです?呆けた顔をして」


「すみません。まさか断言していただけるとは思わなかったので……」


 どちらかと言うとシエルは現実派と言うか、夢や希望より目標と利益をしっかり定めて動くタイプだと思っていた。


「確かに柄では無いですがね、断言くらいしますよ。自分も口ですから」


 そう意味深に微笑むシエルに、それ以上は何も聞けなかった。

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