第17話 有益な情報

 翌日。日が昇りかけの時刻に起きてきたセレーネは、シエル達に『今日は一日、自分の時間が欲しい』と頭を下げた。

 ルナリアに保護されて以降、彼女が自分の要望を口にしたのは初めてであった為にシエルとリオンは面食らい、顔を見合わせる。が、シエルは夕べ彼女に告げた話のこともあり、セレーネの要求を受け入れた。


 どの道この日の予定は、瘴気の原因であった魔物の討伐が済んだことや、それに伴う今後の真珠の街ペルレの立て直しについての話し合いだ。話し合った結果、街人達との会合にはシエルとクラウス王子が向かい、リオンと数名の騎士がセレーネの護衛として宿に待機することとなったのだった。








 そして、その晩。

 丸一日部屋に籠もっていたセレーネは、綺麗にまとめられた三冊の資料を手にようやく皆の前に現れた。

 皆が囲む談話室のローテーブルに、一冊ずつ重ならないよう資料を並べていく。


「皆様、本日は無理を言ってお時間をいただきましてありがとうございます。お陰様で、気持ちの整理をつけることが出来ました」


「いいえ、こちらこそ貴女の力に少々甘んじて事を急いてしまいましたからね。それで、こちらは?」


「急拵えですが簡単にまとめた、今後の策に必要であろう情報です。大まかに3つに分けました」


 今後、まずするべきことは3つ。

 第一に、行方を眩ませた妹・ステラの捜索。

 二つ目は、再びステラやセレーネを奪われない為、スピカ大聖堂の実態を世に知らしめること。 

 そして、三つ目。これは優先度としては先の二つより低くなるが、ミーティア王家とスピカ大聖堂の関係の闇の調査だ。


 ふむ、と一息ついて、シエルがまず二冊目を、クラウスが三冊目を手にとって開く。数分間、紙をめくる音だけが室内に響いた。

「……慈善事業であるはずの聖女見習いによる治療に対する、市街への報酬要求。こちらの帳簿は教祖や神父達による横領ですかね、数値が明らかにおかしい。加えて魔法薬液ポーションの取り扱い資格がない店への無断譲渡と来ましたか。想像以上ですね」


 『腐れ外道が』。そう吐き捨てたシエルに、セレーネが目を臥せる。


「実際の帳簿等の物的証拠を回収する手間はありますが、これだけ情報があればこちらも動きやすい。有益な資料をありがとうございます」


「うっっっわ、細かぁ……!俺だったらこの帳簿見てるだけで頭おかしくなっちまいそうですよ。聖女様、よくこんな情報持ってましたね」


「いえ、お褒め頂くような事では……。金銭の管理や魔法薬液の在庫管理は上の方の担当だったのですが、皆さんお忙しいからとよく私に代理を任せて下さいましたので……」


 スピカ大聖堂に居た頃は精神がおかしくなっていてあからさまな異常にも気付けなかったが、今ならわかる。

 シエルの手元を覗き込み舌を出したリオンに、苦笑いを返すしか出来ないセレーネに、話を聞いていた誰もが絶句した。


「た、確かスピカ大聖堂の正式な聖女様はミーティアの王室に正妃として迎えられるのでしたな。こちらに関しては、そこまで後ろ暗い事は無さそうですが……」


 確かに、流石に王家と教会間での金銭のやり取りは流石に無い。が、そもそもの話、ミーティア王家自体があまり宜しくない話が多いのだ。


「私、実は祖国に居た頃に王室については情報を集めていたんです。妹が王室入りする可能性が高まってきた一年ほど前から、ずっと」


 聖女見習い達の中には当然、我こそは未来の王妃だと夢見る娘達も大勢居て、彼女達が周囲を気にもせずする雑談等からも色々と有益な話を得ることが出来たのだ。それでわかったことだが。


「聖女見習いの中でも器量が抜きん出た方や優秀な方には、その……陛下や殿下の伽を任される事があったようです」


 ぎょっと、クラウスが目を見開いた。国は違えど同じ王族、余計に嫌悪感を抱いたのだろう。


「今期は陛下がかなりお年でしたので、第一王子殿下からのお呼び出しがほとんどだったとか。……次の大聖女様が嫁ぐお相手はその第一王子殿下なので、正直気が気ではなくて……!」


「今の代のミーティア王家には、他の王子殿下はおられないので?」


 シエルの問いに、セレーネが頷く。


「はい。王妃様である大聖女様はお世継ぎに恵まれませんでしたし、三人の即妃様方のお子様は大半が王女様ばかりで……」


 ちなみに第一王子は、第一即妃の長男だ。


「本当ならばもう一人、別の即妃様がお産みになられた第二王子殿下がいらっしゃったのですが、その王子様は幼い頃に鬼籍に……」 


「亡くなられたのですか?」


「えぇ。あの時期に異様な程ひろまった流行り病にかかられたと。葬儀が大規模でしたので当時随分と話が広がったそうで、祖母が話してくれました。ご存命ならば私のひとつ下のお年の筈です。お名前は確か、レオ様と仰ったとか……」


 獅子の月に生を受けた、金色の瞳が美しいと評判の王子だったそうだ。

 それを聞いていたシエルが一瞬、目を閉じる。


「どうかなさいましたか……?」


「ーっ!あぁ、失敬。一気に資料を読んだので少しばかり目が乾いてしまいまして」


 続きをどうぞと促す笑顔は、何らいつもと変わらない。セレーネも頷き、資料の最後のページを指さした。


「こちらは不確定な情報になってしまいますが、……第一王子殿下は、大人の女性よりもうら若い少女がお好みだと伺っております。今期の大聖女として妹が特に有力であったのは、実力だけでなく彼からの期待が教祖様達に掛かっていたからではないかと他の見習いの方々に言われたことがありまして」


 言われた当時は妹の実力を軽んじられたようで怒ったが、今にしてみれば確かに引っかかる話だ。第一王子は異様な頻度で国内の孤児院を回って居るし、あながち間違いでは無いかもしれない。


「わかりました。ミーティア王家の皆さまについては、我々の方でも調べさせていただきましょう。万が一、援助を傘に幼い罪無き少女達を邪な目で見ているとなれば捨て置くわけにはいきません」

 

「ありがとうございます、クラウス王子殿下」


「ふふ、そんなに畏まった呼び名でなくて宜しいのですよ。ーー……さてと、最後はこの資料ですな」


 そうクラウスが手に取り、シエルに手渡した資料の表紙には、星座のように点を紡いだある地図が描かれていた。


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