43・終幕

 ムスタファの治癒魔法は成功し、カールハインツは一命を取り留めた。とは言っても傷を治しただだけで失われた血液の補充はできていないらしい。自力で立ち上がることもできない彼は仲間の近衛兵たちに縄で縛られたうえで、担架で運ばれていった。


 その間もひたすら歯を食い縛り声を押し殺して泣いているレオンにムスタファは、髪をぐしゃぐしゃにかき回して

「助けに来てくれてありがとな」

 とだけ言い、レオンは何も答えず静かにうなずいたのだった。


 パウリーネとバルナバスは後から到着した上級魔術師団に眠らされて、運ばれていった。

 ふたりは魔力が無効になる魔法をかけた部屋に軟禁されるという。


 図書室内は本や書棚の破片が散乱し荒れていたけれど、例の珠は無事だった。派手に魔法で攻撃し合っていたフェリクスとリーゼルが、そこだけは近寄らないよう気をつけていたらしい。あの状況で気を回してくれたふたりには頭が下がるばかりだ。


 魔力の消費と激しい攻撃に口を開くこともできないほど弱っていたフェリクスとリーゼルだったが、幸いなことに回復魔法を受けてかなり元気を取り戻した。ふたりとレオン、ヨナスさんのケガもすぐに治してもらうことができた。


 私は邪魔にならないよう、壁際に座りそれらの様子を見ていた。ムスタファがすまないが少し待てるかと尋ね、私はもちろんと答えたから。王子である彼は、近衛と魔術師団に指示を出し場を取り仕切っていた。その顔に感情は見えない。ケガはなくても彼が最大の被害者なのに。

 だけど今は貫禄のある立派な王子の立ち振舞いだ。


 ひと段落つくとムスタファは私の元に来た。無表情は崩れて泣きそうな顔になっている。床に膝をつき私の手を取り、水ぶくれになっている手首をみつめる。それから視線が下がる。スカートには膝上辺りに大きな血の染みができていた。


「……お前の金属を変える魔法はすごいな」

 ムスタファの目には涙が浮かんでいる。

「でしょ?」

「助かった。おかげで死なずに済んだ」

「うん」

 ムスタファに抱き寄せられる。その背に腕をまわす。

「私も。ムスタファのおかげで命拾いをした。ありがとう」

「二度と枯渇するほど魔力を使うなよ」

「そっちこそ。二度と刃先を向けられないでね」

 私も懸命に涙をこらえているけど、鼻声は誤魔化せない。ムスタファはパウリーネから酷いことを山ほど聞かされた。せめて今日くらいは私がいっぱい甘やかしてあげたい。

「……遅くなったな。怪我を治すぞ。痛いだろ」

 痛いけど、こんなものはムスタファの心中に比べればたいしたことじゃない。だけど案外過保護な木崎は、私がケガをすることも辛いらしいから、

「さすがの私でもキツいや。お願いするね」

 と素直に答えた。

「木崎──ムスタファは大丈夫?」

 紫色の瞳が私を見上げた。

「お前が隣にいてくれるから、俺は大丈夫だ」

「そうか」


 荒れた部屋にはヨナスさんたちの他にまだ近衛や上級魔術師がいる。だけどそんなことは気にしない。

 ムスタファの頬にキスをした。


 ◇◇


 図書室から引き上げたあともムスタファとヨナスさんは大忙しで、私はフェリクスに預けられた。またも彼の私室に集まったのだけどムスタファ、ヨナスさんの他にレオンもいなかった。彼は涙でぐしゃぐしゃの顔をしているのに、カールハインツ隊の仲間に事情の説明に行ったのだ。


 こちらの方も聴取のための近衛やら大臣、書記官、侍従まで色々な立場の人たちが押し掛けて来ている。

 彼らからの質問に答えることにより、ムスタファやフェリクスたちの動きを知ることができた。


 私がカルラの元に行っている間に、ムスタファは、フーラウムの病状について大臣たちに呼び出されたらしい。従者であるヨナスさんも一緒に。

 このときムスタファは鏡に見えるブローチを付けて行ったそうだ。念のためくらいの軽い気持ちだったけど、これが後々役立ったという。


 一方でフェリクス・リーゼルの元には大使が訪れ、フーラウム崩御に備えて母国と緊急会議になったという。


 ひとりになったオーギュストはブローチと繋がっている鏡を持ってフェリクスの私室を出て、近くの部屋で私とムスタファの様子を見守りつつ、みんなが帰ってくるのを待つことにした。


 ところが私のほうの鏡が礼拝堂に入ったあと、突然何も映さなくなった。不安に思った彼は廊下にいた侍従に様子を見てくるよう頼み、自分はフェリクスの元へ。

 それを受けて異国の王子は手こずりながらも会議を無理やり終了させ、ムスタファに戻ってくるようヘルマンに言伝てた。そうしてひとまずフェリクスとオーギュストのふたりで礼拝堂に先行しようとしたところで先の侍従が戻ってきて、礼拝堂は普段通りだった、ただどうしてか庭師のベレノがうろうろしていて声を掛けたら去っていったのだと話した。


 ベレノからパウリーネを予測したフェリクスは、ムスタファはおびきだされると考えた。時同じくして、ムスタファが持っていたブローチの鏡がおかしなマーク(社章だ)の入った脅迫文をうつした。『礼拝堂に来なければマリエットを殺す。誰にも話すな』というもの。あきらかに鏡を通じてこちらに見せていると考えたフェリクスは、これは完全な緊急事態だと判断。オーギュストに近衛総隊長に、ムスタファがパウリーネに殺されると伝えろと指示を出し、なおかつ自分に魔法をかけ、自分が聞こえたものがオーギュストにも聞こえるようにしてリーゼルと共に礼拝堂に急行。

 途中、主を見失って狼狽していたヨナスさんと、近衛府から帰ってきたレオンと合流して、わざとムスタファがバルナバスに捕まるのを助けずに、全てが解決する最適なタイミングを見計らっていたという。


 フェリクスたちはパウリーネが先代国王陛下を殺したと話した辺りから、隣室に隠れていたそうだ。気配を極力消せる魔法をフェリクスが使っていたという。ちなみにリーゼル情報によると、今日一日様々な魔法を駆使していた彼は、図書室に突入した時点でかなり魔力を消費していたそうだ。


 その頃オーギュストは父親を連れて近衛総隊長や侍従長にムスタファの危機を必死に説明していたという。国王の意識がなく王妃もみつからない状況ゆえに、話を信じない者、判断を先延ばしにしたい者が多かったのだが、総隊長が全責任を取ると言って近衛を出動させてくれたのだそうだ。


 フェリクスが総隊長を名指ししたのには、きちんと根拠があった。総隊長がパウリーネの仲間ならば、ムスタファの部屋の警備には子飼いの部下を当たらせる。わざわざ眠らせなければならない者を警備に立たせない、ということだそうだ。




 そうやって話し話されの聴取を受けている私たちの元に、驚きの知らせが飛び込んできた。

 パウリーネとバルナバスを魔力を無効可する部屋に軟禁したあとに、フーラウムが目覚めたという。しかも彼が常に身に付けていた、妻からのプレゼントであるロザリオが粉砕。

 上級魔術師団の長によると、どうやらフーラウムには意識を改変する強力な魔法が、ロザリオにはそれを隠すための魔法がかかっていたようだという。

 そこでフェリクスが、魔法の痕跡を辿れる魔法を使えるといって捜査に協力。犯人はやはりパウリーネと判明した。


 しかし魔法が解けたフーラウムは非常に混乱していて、現在の状況を理解できないらしい。



 それからもうひとつ、変化があった。

 カルラの髪と瞳の色が変わったという。どちらも黒に。

 パウリーネによく似ていると思われていた彼女は、黒騎士に瓜二つとなった。本人は神様が願いを叶えてくれたと、大喜びしているという。


 無邪気な彼女を思うと泣いてしまいそうになる。


 ◇◇


 城内の混乱はすさまじく、古株の侍従長でも経験したことのない状況だという。冷静沈着な彼が何度も、『今日は嵐だ』と呟いている。


 王妃一味に第一王子(とその他)が殺されかけた大事件。バルナバスはムスタファとフェリクスにはめられたと主張していて、依然として瀕死のカールハインツは黙秘。パウリーネは何のことか分からないととぼけているという。


 そのため証拠探しに城中が躍起になった。夜中を回ったころ、まず最初にパウリーネの温室からカールハインツの兄、エーデルトラウトの白骨死体がみつかった。片腕がないことと一緒に埋められていた短剣にシュヴァルツ家の家紋が彫られていたことから、彼であると断定された。

 それを見極めたのはオイゲンさんだそうだ。


 それから温室の休憩エリアの下には、地下室があった。魔術書など雑多なものが隠されていたらしいのだが、その中から解凍しかかった血の氷が幾つも出てきた。それが入った箱にはご丁寧に『ファディーラ』と書かれていたという。発見した近衛たちに意味は分からないだろうが、さぞ気味が悪かったに違いない。


 パウリーネが呪った人たちのリストもあった。それにはルーチェの名前も書かれていたそうだ。


 また宰相ベーデガーの執務室も捜査され、国費横領の裏帳簿が出るわ出るわ。ざっと見ただけでも何十冊にも及び、彼は即刻逮捕された。


 こっそり城から逃げ出そうとしていたベレノも捕まった。彼は減刑と引き換えに全て証言すると約束。長年に渡り庭師の作業小屋で、パウリーネが使う怪しげな魔法薬を作っていたと白状した。

 また、彼女が国王暗殺を企んでいたと知っていたことや、ムスタファを殺すために私を捕まえる協力をし、その際にクローエさんを殴り縛り上げたことも告白した。


 忙しいムスタファは夜中に一度、フェリクスの私室にいる私の元に来た。だいぶ疲れた顔をしていた。大混乱の中でムスタファは本来ならば国王や宰相がやらねばならないことをしているのだ。近頃王子としての責務を果たしていたからとはいえ、内容も重責もまるで違う。


「こんなときにそばにいられなくて悪い」ムスタファはそう言って、私を抱きしめた。「これは俺の活力補給」

「それなら私もムスタファを補給。──だから大丈夫。安心して仕事をしてきて」

 木崎を相手にこんなことを言っているのかと思うと恥ずかしくて悶死しそうだったけど。紛れもない本心だった。


 この時間でも私たちへの聴取は続いていて、私も疲れていた。

 後から後から確認事項が出てくるのだ。


「……全部終わったら、また庭で飲まないか」

 ムスタファが私の肩に顔をうずめたまま言う。

「いいね。美味しいチーズを楽しみにしてる」

「期待しとけ」


 ムスタファはそんな約束をして仕事に戻って行った。

 さて私も自分のやるべきことの続きを、と思ったら聴取をしている何人かが書いたものを見せ合っている。

 私が椅子に座るのと入れ違いに立ち上がったフェリクスがふらふらと歩いていると思ったら、彼らの書き物を取り上げた。


「なになに。『挙式の準備も即刻開始ですな』『忙しくなります』だそうだ」にやにやとするフェリクス。「気の早いことだと言いたいが、それだけ誰が見てもムスタファの溺愛が深いということだ」

「あなたもだけどね」とオーギュストが混ぜっ返す。「忘れているだろう。戦いの最中のふたりの会話、私は全部聞こえてた」


 リーゼルが真っ赤になる。が、フェリクスは

「聞かれて困るものではないぞ 」とどこ吹く風だ。

 クローエさんが私に

「あとで詳しく聞きましょう」

 と笑顔を向ける。

「そうですね。あとで、落ち着いたら……」


 窓に目を向ける。夜中だから当然暗く、何も見えない。

 一向に帰ってこないレオンや、呪われてしまったルーチェ、みんなが揃って話を聞けたらいいのだけど。


 ◇◇


 翌朝、再び集まったフェリクスの私室で、ようやくレオンの綾瀬に会うことができた。顔はかなりひどい状態だったけど思いの外元気だった。ひと晩中、仲間たちと一緒に泣いていたそうだ。私のもとに来る前にムスタファのところへ行って、自分はもう大丈夫と伝えてきたという。裏切っていたカールハインツにレオンは怒りを覚えるのではなく悲しみにくれる、というところに胸が痛む。


「前世だったら、今度焼き肉をおごってあげると言うんだけどね」

 と言ったら、レオンは吹き出した。

「同じことを先輩にも言われましたよ。ほんと、似た者同士なんだから」

「やめて、似てない」

「はいはい」

 笑みを浮かべているレオンにほっとする。

「ルーチェのこと、聞いたかな。パウリーネ妃に呪いを掛けられているみたいなの」

「そうなのですか!」

「可哀想に。相当怖い思いをしているだろう」とレオン。

「解ける望みはある」とフェリクスが言う。「パウリーネが解呪方法を素直に教えてくれるか、もしくは彼女の蔵書の中にそれがあるか」

 できることなら前者がいい。魔術書を確認するのには時間がかかりそうだと聞いている。


「落ち着いたら、可能ならこちらに来てねと手紙を書くつもり」

「そうですね、僕も。妃殿下の処遇が決まったら。みんなで遊びに出られるといいですね。焼き肉、期待してますから。

 では、そろそろ戻ります」

「もう?」

「ロッツェ副官が大変なんです。僕たちで支えないと、辞めてしまいかねませんから」

 あの人の胸中はとても想像できない。さぞかし辛いことだろう。

「……レオンもムリをしないで」

「ありがとうございます。僕は大丈夫」レオンはフェリクスを見た。「昨日、礼拝堂に入る前に殿下は僕に選ばせてくれたんです。マリエットと先輩が拉致され殺されそうになっているけどその首謀者のひとりは隊長と考えられる、共に来るか、今聞いたことを忘れるかって。僕は隊長と戦うことを自分で決めましたから」

「トイファーの助けがなかったら、リーゼルと私の命はなかったよ」

 異国の元軽薄王子は、柔らかな笑みを浮かべていた。


 レオンが退出するとフェリクスは、そういえば、と私を見た。

「マリエットが誤って媚薬入りチョコを食べてしまったときのことだ」

「その件ではお世話になりました」とリーゼルに頭を下げる。

「これは憶測にすぎないが、事実だと考えている。あの日君はシュヴァルツに騎士のお守りをもらったのだろう?」

「はい」

「あれに、君がチョコを食べたくなるような魔法が掛けられていたのだと思う。あの時の君はちょっとばかりおかしかった」

 リーゼルもうなずく。「チョコを見たとたんに目が座った感がありました」

「その時は気のせいかと思ったのだがね。シュヴァルツが君にお守りを渡すなんてあり得ない。パウリーネの嫉妬深さはかなりのものだ」とフェリクスはまた柔らかな顔をしている。「ムスタファにそう言ったら、絶対に君には話すなと約束させられたよ。愛しい君を傷つけたくないのだな」

「殿下がムスタファ殿下の立場だったなら、口説き落とすチャンスとばかりに喜びますね」とリーゼルさん。

「いや、ムスタファだって結局口説いている」

「そうでした」


 ……その辺りの話はリーゼルとしている。お互いに。


「ルーチェが戻ってきたら、目を輝かせて詳しく聞きたがるわね」とクローエさんが笑った。


 ◇◇


 事件からの数日間は、侍従長の言うとおりに嵐のような日々だった。私は翌日から普段通りの侍女見習いとして働き、何度も聴取を受け、侍女たちに囲まれて話をせがまれた。


 第一王子の母が人ではなくそれゆえ命を狙われた、ということは伏せられた。パウリーネたちは単純にバルナバスを王位につけるために殺害を計画したことにするそうだ。それは近衛総隊長や侍従長、エルノー公爵たちからの提案だそうだ。


 それから社章。どうしてパウリーネたちがあれを知っていたのかと不思議だったのだけど、理由はバルナバスが教えてくれた。

 彼は他のふたりと違って、事件後早い段階で精神が参ってしまっていた。次男であるのに素晴らしい王子だとちやほやされてきた彼は、犯罪者として扱われることに耐えられなかったようだ。

 虚勢が崩れたあとの彼は、従順に聴取に応じているという。彼の証言によって今回の事件の裏付けがとれたことになり、パウリーネ、カールハインツたちの有罪も決まった。


 そんなバルナバスの話によると、パウリーネには優秀なスパイがいるという。なんとお猫様だ。魔法で猫の目で見たものが、パウリーネの持つ鏡に映るようになっているという。やけにムスタファの部屋にいたのはそのためらしい。

 この小さいけれど優秀なスパイによって、彼女たちは社章の件を知っていたそうだ。すっかり騙されてしまった。


 騙されたといえばテオもそうで、カールハインツに私宛てのレオンの手紙を渡されたときに、

「シュヴァルツが仲介したとムスタファ殿下に知られたら首が飛びかねないから、マリエットには言わないで欲しい」

 と頼まれてその通りだと思い、黙っていたのだそうだ。


 騙されたことにテオ自身もショックを受けていたけど、とにかくロッテンブルクさんの憔悴ぶりが激しい。仕事は以前以上に完璧にこなしているけどげっそりと痩せてしまっていて痛々しい。ムスタファと、特に私に対して申し訳ないという気持ちが大きいらしい。

 私にとっては変わらず憧れの人なのだけど。




 バルナバスによれば、春頃からパウリーネとカールハインツはカルラと三人で一緒にいたいと強く思うようになったらしい。カルラの懐きぶりが愛おしくて偽りの関係が辛くなったらしい。一方で彼女が私やムスタファにも懐いていることが、我慢ならなかったという。

 思い余ったふたりはフーラウムに死んでもらうことに決めた。バルナバスが国王となり、パウリーネはカールハインツと再婚をする。


 一方でムスタファが横領に気づいたうえに、魔力に目覚めてしまった。だから予定より早く殺すことにして、どうせだから父子を一挙に片付けてしまおうと計画したらしい。


 バルナバスは父親を殺したいとは思っていなかったけど、王にはなりたかったし不老不死の体もほしかった。だから母に従ったという。


 ところで横領に実際携わっていたのはベーデガーとパウリーネだそうだ。魔石の産出が減っていたのも彼女たちが横取りをして、外国の闇ルートで売りさばいていたからだった。


 気の毒なのはふたりの王女だ。彼女たちは何ひとつ知らず、母親と兄の犯罪を聞いてあまりの衝撃に倒れ、ずっと部屋にこもっているそうだ。


 錯乱気味だったフーラウムは理性を取り戻したけれど、彼の語った話は悲惨だった。その場には私も同席させてもらったのだが──。


 彼がパウリーネにぞっこんでファディーラを嫌っていたのは、全てパウリーネの魔法だった。彼はファディーラを愛していた。というのも彼はかつて、ファディーラが人間の王子に捕まったときに殺された夫だったのだ。同じ人間に拷問され剣で刺し抜かれた彼は、虫の息の中、愛する妻が氷漬けにされるところを見ていた。

 何度生まれ変わっても、絶対に彼女を助ける──


 そう誓った彼は、本当に何度も生まれ変わった。人でない生き物のときもあった。毎回の生をファディーラ探索に費やし、やがてこの城に連れ去られたことを突き止め、そしてついに城に住まう王子に転生し妻をみつけたのだそうだ。

 最初はファディーラを連れて城を出るつもりだったらしい。だけど彼女の衰弱がかなり酷く、ファディーラ捜索以外になにひとつしてこなかったフーラウムはそんな状態の彼女と市井で生きていける自信がなかった。兄の強い要望もあって、彼女が元気になるまでは城にとどまることにしたのだが──。



「まさか、また《不死》を目当てに狙われるとは」

 フーラウムは絞り出すような声でそう言うと滂沱と涙を流したのだった。

「彼女はパウリーネを信頼していた。私も彼女が人に心を許すようになったことを喜ばしく思ってしまった。ただただ申し訳ない。ファディーラにも、ムスタファにも」


 悔恨にうちひしがれる父親を見るムスタファは、複雑な顔をしていた。二十年も邪魔者扱いをされてきたことを、急に全て魔法のせいだったと言われても、許すことなどできないだろう。ヨナスさんも私も、それでいいと思う。

 ただ、フーラウムがムスタファの母を愛していたというのは、彼にとって救いになった。本人がそう言っていた。


 フーラウムの進退については、議論が白熱している。操られていたとはいえ、二十年近くにわたり国政をほしいままにしており、妻は先代国王を暗殺している。責任を問うべきとの意見が圧倒的だし、そのほとんどがムスタファ即位を推す派閥だ。


 だけどムスタファは、自分はまだ未熟すぎると二の足を踏んでいる。常に自信満々な木崎にしては珍しいことで、そのためらいは真摯に考えているからこそだと思う。




 それから。図書室の書物は全て地上に移動した。上級魔術師団で研究するという。

 恐ろしくも悲しい珠については、悪い気を浄化することになった。フーラウム、ムスタファ、上級魔術師団、そしてバルナバスの力を合わせれば、可能ではないかとの見立てが立ったのだ。

 バルナバスはこれに協力をすることを条件に、魔力の封印はされず当面は幽閉と決まった。


 不老不死であるパウリーネは、魔力を封印してから氷漬けにして図書室に安置。何重にも結界を張ったうえに地下への入口を塞ぐことが決まっている。

 彼女の父親ベーデガー侯爵は、産出した魔石の横領、闇業者への転売も発覚し、国賊として近いうちに処刑される。




 そしてカールハインツ。

 彼は国王の暗殺未遂、第一王子の暗殺未遂、兄の殺害の三つの罪により、処刑された。

 非公開だった。

 見守ったのは近衛隊の総員とムスタファ、宰相代理だけ。ムスタファの意向で罪状も処刑も箝口令が敷かれた。表向きはシュヴァルツ隊長は極秘任務で隣国に赴いたことになっている。全てはカルラのためだ。


 処刑の前日、黙秘を貫いていた彼は初めて口を開いた。

 ムスタファが単独で面会し

「マリエットからの質問だ。『不老不死になりたかったのか?』だそうだ」

 と尋ねたときのことだ。

 カールハインツはゆっくりといいえと言い、

「彼女が永遠を生きなければならないのなら、それに付き合ってやりたかった」

 と答えたそうだ。

 それから彼は平伏し頭を地面につけ

「どうか、カルラ殿下にご厚情をお願い申し上げます」

 と頼んだという。





「木崎はなんて答えたの?」と訊くと

「『あのやんちゃな妹にこれ以上、どんな気を配れと?』と言ってやった」とムスタファは悲しげなドヤ顔を決めたのだった。


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