ログイン32 え、俺もしかして無視されてる?
「あれ? もしかして、そこにいるのってザキナか?」
この王国内での拠点となる部屋までの帰路の途中、礼央は人通りが異様に少ない大通りの先で、見覚えのある背中を見つけた。ザキナが一人でいるかと最初は思ったが、どうやら彼の奥にはいくつかの人影が伸びているようだ。ザキナと思われる後頭部は、かなりの頻度で右と左交互に移動しているし、加えて、定期的に手を動かし肩を揺らしている。それは、さながら誰かと会話しているように礼央の目には映った。
「この声は——レオニカ様!?」
「何をそんなに驚いているんだよ? 俺がこの場所にいたら不自然なのか?」
冗談ぽく言い放ち笑顔を浮かばせる礼央。先ほどよりも少し駆け足になって、ザキナとの距離を詰めていく。小さかった背中が徐々に大きくなっていき、ザキナの先に続く大通りの光景も鮮明に礼央の視界の中で映し出される。
「おーい、なんでこっちを振り向かないんだよ〜! あれ⋯⋯ 正面に誰かいるな。この王国内で知り合いがいたのか? それならそうと事前に教えてくれれば、こんな大声を遠くからかけることはなかったのによ!」
やはり、遠くから見た時に思っていた通り、ザキナは誰かと会話しているようであった。互いに手を伸ばせば届きそうなほどの距離を開けて、スラリと身長を伸ばす男がザキナの正面に立っている。
吸い込まれてしまいそうな程の漆黒を連想させる長い黒髪の前髪。それが彼の目の付近まで侵食を進め、時折吹く柔らかな風に乗って左右に揺れる。加えて、少し翳りを見せてはいるが依然として王国を赤色に染め上げる夕日。それが生み出す逆光と相まって、彼の詳細な顔を伺うことはできなかった。
しかし、不自然なことが礼央の目の前では起きていた。ここまでずっと、ザキナが立っている場所に向けて歩みを進めているのだが、彼と目が合う事が一度もないのだ。いくら正面に知り合いがいると言っても、少なからず声を掛けられたその方向に首を回すものだろう。
例に溺れず、礼央だって声をかけられたら、例えそれがレイドバトルの勝敗を分ける時だって振り向くと思う。きっとそうだ、声量を大にして言えるほどの自信はないが。それにしても、ここまで名前を呼ばれても素知らぬ振りをするのはいかがなものか。返事は返ってきたから、礼央の存在に気づいてはいるはずなのだが、今となってはそれすらも不安に思えてきた。
「おい——ザキナ? どうかしたのか?」
「お前が⋯⋯ レオニカか? 誘いの森で神の銅像に触れその力を引き出し、神の遣い人と呼ばれる存在。そんな稀有な人物がお前なのか?」
「神の遣い人かどうかは詳しくは分からない。だが、ザキナとビエラはそういう風に俺のことを呼んでいるな。それと誘いの森にあるのは、神の銅像じゃねーぞ。涙を流す女神像だ」
「レオニカ様⋯⋯ 。あまり⋯⋯ この男を刺激しないように⋯⋯ 」
「え、なん⋯⋯ 」
ザキナの口から漏れた掠れた声。その声に気づいた瞬間、礼央は今この場所で起きている全ての事象を把握した。ザキナの喉元にスラッと伸びた銀色で先端が鋭利な物体。それが、キラリと夕日を反射して、周りの建造物や地面に吸収されていった。
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