ログイン18 赤子だと思って話してくれ

「そういえば、一つ聞き忘れていたことがありましたわ」


 馬車の窓から差し込んでくる光は、気がつけば赤色に染まっている。変わらず揺れ続ける部屋の中で、途切れることなく続く会話は礼央に照準をつけた。無気力に思考を停止していたためか、自分に話の行く末が向けられているのだと気づくのに、僅かながらのタイムラグが生じる。頬杖をついていた手を顔からそらすと、礼央は彼女の方に顔を向けた。


「え、俺に尋ねてる?」


「えぇ。それ以外誰がいるというのでしょうか?」


 彼女の返答に、礼央は言葉を詰まらせる。まさか、話を全然振ってくれないから、拗ねていたなんて口が裂けても言えない。ましてや、夕陽の趣をも消し飛ばす勢いの、眩い笑顔の前では到底そのような事を口走れるはずがなかった。


「コホン! で、聞きたいこととは何なのかな?」


 一つ咳払いを挟んで、体勢を整える。背中を赤色に染めると、礼央は改めて彼女に尋ねた。


「大した事じゃないんですけどね。どうして、レオニカ様は今日あの場所へ足を踏み入れていたのか、その理由が聞きたくて。あの場所が立ち入り禁止の場所だということは、もちろん知っていましたよね?」


 窓から入ってくる夕暮れの陽光は、礼央の背中に進路を全て阻害されているはずだ。にも関わらず、顔を赤く色染めていく目の前の彼女に礼央はいささか、首を傾げた。しかし、その理由が分かることはなかった。結局、思考を途中で停止し、尋ねられたことを脳内でリピートしてから考えを口にする。


「いや、知らなかったよ。あのゴブリンキングに教えられて、初めて知ったって感じだったな。さっきも言ったと思うけど、俺まだこの世界に来てからそこまで時間が経ってないからさ。この世界の事を詳しく知らないんだよ。だから、かいつまんででもいいから教えてくれると助かるんだけど」


「まぁ・・・それは大変ですわね。この世界で、目覚めてしまったのですか・・・。やはり、物語と現実は違いますね。そういった、現実味を持たせる描写は無かったですから。分かりました。微力ではありますが、ある程度頭に入れておいた方がいいことはお伝えします」


 ようやく口にできた。礼央は頭の中でそう呟くと、誰にも悟られないようにホッと胸を撫で下ろす。この世界に来てから今に至るまでに身にしみて分かったことがある。それは、この世界はが確実に存在することだ。


スポットになっている場所が、侵入禁止になっていることも然り。洪水の事を尋ねることが、禁句になっていることもそうだ。馬車に揺られながら考えていた。自分はどうしたら現実世界に戻れるのか。辿り着いた答えは一つだ。自分はこの世界の住人となって生きるしか、現実世界に戻る道は探せないだろうと言うこと。そうとなれば、この世界での生き方を学ぶ必要がある。


『ホワイトヴァレットで出会ったあの老人の話をちゃんと聞いておけばよかっな・・・』


 心の中で悪態をつくが、時すでに遅し。


生きていく上で、お金だってこれからは求められることもある。住む場所だって今後は確保しないといけない。考えれば考えるほど、礼央は頭が痛くなるのを覚えた。理由は明白だ、ただ、歩いてゲームをしていれば生きていける現実世界との生活とは、何もかもが異なっていたから。


「えぇと・・・まずどこから話そうかな〜」


「赤子に説明するくらいの心持ちで話してほしい。それくらい、俺は知識を持ち合わせていないからな」


「——分かりました! では、まずこの世界が置かれている残酷な現状からお話ししていきます」


「よろしく頼む」


 ビエラは一度考え込む素振りを見せたが、すぐに明るい笑顔を取り戻した。そして、大きく息を吸って呼吸を整えてから、ゆっくりと口を開き始める。馬車は・・・まだ目的地に着きそうにない。

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