東京公演1日目 後半

《語り三 山の草原》———

「子どものころ、幽霊に会った。」

 夏草を指に絡ませ彼女はそう言った。

 無人駅から暫く歩いた山の途中の草原で私たちは休息を取っている。


「幽霊?」

 聞き返すと彼女は真面目な顔で頷く。

「家の近くにあるバス停にいたんだ。」


「怖い話?」

 私が聞くと彼女は笑って首を横に振る。


 話をしてくれた。

 昔出会ったバス停で人を待つ幽霊の話を。

 誰かに会うためずっと座っていたという。


「前世って信じる?」

 彼女は恥ずかしそうに聞く。


 私は考える。

 そういうこともあるのかもしれない。


「その幽霊はね、信じていたの。人は死んだら別の何かに生まれ変わるんだって。だからバス停で待っていたんだよ。」


「その後どうなったの?」

 彼女は少し躊躇った後に答える。

「ある日話していたら私のことを見てそしたら、、」


 彼女は口籠った。

「そしたら消えちゃった、満足そうに。」


 彼はいつも停留所から空を見上げていたという。

 丁度こんなふうにね。と彼女は座ったまま顔を上げた。


「雲でも見ていたのかな。」

 私は寝転がる。

「どうかな。」

 彼女は私を見ながら言う。


 そしてゆっくり口を開いた。

「たぶんあの人、真上に咲いた百日紅の花を見ていたんだと思う。」

 私は何故だかドキリとして適当に相槌を打つ。


「私が生まれ変わったら、次は花になりたいな。」

 彼女は近くに咲いていた一輪草の花を触ってから私の隣に寝転がった。


“うちとけて一輪草の中にゐる”


 誰かが口遊むのが聞こえる。彼女が好きだった俳句。


“うちとけて一輪草の中にゐる”

“うちとけて一輪草の中にゐる”


 私はそのうちの一本を取って彼女の髪にこっそりと挿している。

“うちとけて一輪草の中にゐる”

 ————————————



《07,逃亡》

 ここからセット(というか楽器)がアコースティック仕様に変わり、奥にいたMasackさんは前に来て、カホンに跨ってコンガを叩いていた。キタニさんはアップライトベースに、下鶴はアコギに楽器を変えて演奏された。n-bunaさんはコーラスとギターソロの他にも少しギターを弾いていた。この曲も好きな曲の一つなので嬉しかった。suisさんの静かな歌声にも癒されていた。

「誰一人人のいない街で気づくんだ 君もいないことにやっと」でうるっときた。


《08,風を食む》

 この曲は自分の中であまり好き度が高くはない曲だったが、ライブで聴くと全く違うものに感じた。音源に比べてsuisさんの声に可愛げがあり(言って。などのような少年っぽい感じ)、ただその歌声に酔いしれていた。この曲もアコースティックなアレンジだった気がする。

 時々目を瞑って聴いていたりしたら曲が終わっていた。


《09,夜行》

 この曲が来たら絶対に泣くと思っていたが、下鶴さんのイントロのアコギのフレーズに少しミスがあり少しだけ気になってしまった。

 この曲はサビで音量が一気に上がり、エモさが爆発するのが魅力の一つだと思っていたので、アコースティックで静かめなアレンジになっていたのが個人的には少し残念だったが、それはそれで楽しめたので良かった。

 バックのビジョンには電車の車窓から夕方や夜の街(割と都会のビルが多かった気がする)を見るイラスト的な映像が流れていた。


《10,嘘月》

 この曲はアルバム『創作』の中でも一番好きな曲で聴けるのを心待ちにしていたが、suisさんの歌は想像を遥かに超えてきた。今回の公演で唯一泣きそうになってしまった。Aメロでは平畑さんのピアノとsuisさんの歌が美しく絡み合い、サビでは楽器隊との音の重なりに癒された。ビジョンでは月面や、それを探索する衛星(?)からの映像が延々と映し出されていた。

 ラスサビのーいないーいないと続くフレーズで、その意味を思いまた泣きそうになる。

 この曲はとにかく良かった。



《語り四 夏祭り》———

 夕暮れ時だった。

 夜の帳が下りた道を進めば祭囃子が近づく。

 私は手を引かれるまま人を眺めている。

 あんず飴を買って雑踏へ入り込んだ。

 砂利敷きの道に少し足を取られながら、導くような手先は私を優しく引っ張った。


 橋を渡って私たちは対岸へ。


 いつの間にか祭囃子は止んでいた。

 彼女は人混みを少し離れて少し立ち止まる。

 そして私の顔を見た。


 彼女の頭の向こうで煌めく大きな花が開いた。

 一瞬でしぼむ巨大な紅色の花。

 振り向いた彼女は嬉しそうに「始まったね」と言う。


 その時私は何を考えていただろうか。

 花火が綺麗だとか。

 二人でまわる祭りが楽しいだとか。

 彼女の結び目が綺麗だとか。

 いや、本当の所はそのどれでも無かった。


 私は宙に浮かんだ大雲を見ながらただ、朝の待ち合わせたあのバス停の百日紅を思い出していた。



 私たちは電車に乗って帰路に着く。

 二人並んで座り、優しい振動に揺られている。


 握られていた手の力が弱まり、私は彼女の顔を見る。

 疲れたのだろう。


 後ろ髪には、昼にこっそり挿した一輪草の花が今も落ちることなく付いている。

 私は何だか愉快な気持ちになってそれをじっと眺める。

 列車が揺れる度に花も揺れる。

 私たちも揺れる。


 この花はいつまでついているんだろう。


 彼女が家に帰っても気付かないかもしれない。

 もしかしたら次に会う時も大人になって二人で出掛ける時まで挿さっているかもしれない。


 そう思ったら段々楽しくなって私はその小さな花をいつまでも見つめていた。

 いつまでも、

 いつまでも。

 私の目はずっとあの日の夢を見ている。

 いつまでも彼女に焦点を合わせながら。


 逆に周りの全てがぼやけている。

 ——————————————


《11,盗作》

 ついに来た、アルバムの表題曲。暗めのステージにドラムの重低音が響き、suisさんの伸びやかな歌声が聴こえる。

 サビに入ったその瞬間、パッと会場が明るくなるとステージの真上から壊された楽器たちや破片と化した色とりどりのガラスが吊るされ、光を反射してキラキラと輝いていた。

 それだけでなく、サビではn-bunaさんを始めとする楽器隊は暴れるように楽器を鳴らし、suisさんは少し上を向いて高らかにそして力強く歌っていた。迫力が途轍もなく、最高に痺れた。

 暴れるあまりにn-bunaさんは帽子を落としていた。笑


《12,爆弾魔》

 アルバム『盗作』の原点ともなったこの曲。

 これもライブ化けが尋常で無かった。

 激しさは前の曲から持続させたまま、メンバーは楽器を激しく鳴らす。suisさんは叫ぶように歌う。吠えるような「わかってるんだ」では鳥肌が立った。この曲の間は、n-bunaさんが終始帽子を被っていなかったので顔が少しだけ見えた。

 ビジョンには黄色や黒や赤などのカラフルな映像が流れていた気がする。



《13,春泥棒》

 この曲をきっかけにヨルシカにハマったので、特に思い入れのある曲だった。一つ前の『爆弾魔』が終わった時点で残ったのはこの曲と『花に亡霊』だけだったので、なんとなく予想はできたが、曲が始まると感動の嵐だった。

 A,Bメロで静かにsuisさんの歌声を聴き入り、サビ前の音がピッタリ合っていて、鳥肌が立った。

 前にn-bunaさんがsuisさんとライブ中顔を合わせたくなかったというような事をコラムに書いていたので、二人の動きは気になって見ていたが、この曲の時に初めて顔を合わせていてやっと目合わせてるの見れた!と思った。

 そして曲の各所で(サビとかだった気がする)会場全体が桜色の照明に照らされる演出があった。ステージだけでなく、真横のライトが観客の頭上を照らしたのだ。正に左右に2本の桜の木が現れたかのようで、皆辺りを見回していた。ビジョンには最後にMVにも出てくる桜の木のイラストがあった気がする。全てがとても美しかった。


《14,花に亡霊》

 最初は個人的にリードギターをめちゃめちゃ練習していたこともあって、n-bunaさんの手元が見たかったが、暗めの照明であまり見えず、残念だななどと思っていた。

 が、サビに入った瞬間だった気がする。一気に美しい花火の映像がビジョンに映し出され圧倒されてしまった。

 それまで照らされることがなかったsuisさんの顔も、この時初めて正面から照らされていた。(赤や橙などの花火をステージ全体に映した際に顔に光が当たったからだと思われる)

 サビ前の全ての楽器が音を合わせる部分も力強く、美しかった。

 曲の後半のブレイクダウンで下鶴さんがストロークするアコギの音が綺麗だったのも印象的だった。



 曲が終わり、メンバーが舞台袖へとはけていく。僕は舞台のこちら側へ歩いてくるsuisさんの影を見送った。公演は終わったと思ったが、ステージのピアノの前にはまだn-bunaさんが一人残っていた。

 詩を読み上げる。



《語り五 前世》———

 無人駅から朝来た道をバスで辿って、私たちはあの停留所に到着する。


 備え付けのベンチに座った。

「幽霊の話、覚えてる?」

 私は頷く。

 彼女は足を寄せ上を見ている。


 私はこの光景を知っているような気がする。

 目眩のような強烈な既視感がしている。

「ここで会ったんだよ。私がもっと子どもの頃ね、確かにいたんだ。」


 風が吹いた。


 私は彼女を真似てそうして頭上を見た。

 私たちの真上に生えた百日紅の花。


 また風が吹いて、その花のうちの一つが、薄く明るい月光に照らされながらゆっくりと散った。

 その時だった。


 何かが私の頭を駆け巡った。

 とても大事な何かが走馬灯のように。

 魂の表面を謎りながら。

 心は微細に振動している。


 今この瞬間。

 この場所で私が過ごした私の夢はもう直ぐ覚めようとしている。


 思い出は亡霊だ。

 溶け草につく夜露のように乾いてゆく。

 私は亡霊を見ている。

 隣の彼女が心配そうに私を見つめている。

 そうだ。あの時確かに思ったのだ。


 彼女がする幽霊の話、前世の話、それら全てをどうしてか嘘だと思えなかったこと。


 百日紅を見る彼女への既視感。

 滑稽な話かもしれない。

 それでも信じるだけなら自由だ。

 もしそうだったらなんて素敵なことだろう。


 私の前世が彼女の見た幽霊で、生まれ変わって、もう一度、貴方に会いに来たのだとしたら!


 私は彼女の手を握り締めたままゆっくりと口を開く。

 世界は暗く柔らかにぼやける。

 夢が覚めるのが分かる。

 あの日の私が何かを言っている。


 彼女の顔は見えない。

 視界の隅が段々と空白で埋め尽くされていく。

 背景の全てが消える。

 私は必死に目を凝らす。

 目蓋の向こうに何かが見える。


 そして、一瞬の静寂の後に全てが柔らかな光に包まれた。

 私の眼には私を抱きしめる彼女の姿が映っていた。


 停留所の百日紅の下、



 夜しか見えない、



 あの長い夢の中で。


 思い出はこの身体を巡って往く。

 盗んだものが人格を作る。


 私が考え発する言葉は魂による。

 その全てが貴方で形作られている。

 雑多なものを内側に貼り付けて今ここで、

 私は歪な産声を上げている、



 寄せ集めだ。



 この世にある魂。




 それはまさに、"盗作"である。

 ————————————————



 n-bunaがステージを去り、拍手が起きる。


 しかしすぐに客電が付き、「本日の公演は終了致しました。」のアナウンスが流れた。

 強制的に現実に引き戻されたような感覚だった。





 感想や考察を書こうと思ったけど、ありふれたものになりそうな気がしたのでやめておきます。(今更感ありますが)

 ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

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ヨルシカLIVE TOUR2021盗作 ライブレポ SAM-L @sam-l

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