007.自信のほどは
「――――はい、時間ですね。 本永さん、手を止めてください」
「……ふぅ。 レミミン! 全部埋めたよ!」
「お疲れ様でした。 では採点しますのでゆっくりしててください」
「うんっ!」
喫茶店の片隅で話し声が聞こえてくる。
何枚もの紙に必死に向かっていたサイドテールの少女は、ようやく全てが終わったと茶髪の少女にそれを全て手渡してから、うんと腕を天高く上げ伸びをする。
今までテーブルに向かっていて曲がった背骨を戻すように背筋を反るものだから、カウンターから見える彼女の横向きの身体の一部が、強調されるように揺れ動く。
ただでさえ大きいと思っていたそれが海老反りになりながら強調され、思わず俺も視線がその箇所へ。
少し暖かくなってきたからか、羽織っていたピンクのカーディガンを椅子に掛け、シンプルなシャツ一枚だけになった彼女の制服。
だからこそ薄着でそこが強調される仕草に、俺も目が奪われてしまう。
「ん~~~~~…………んっ! つっかれた~! ねぇねぇマスター! 休憩がてらお話しよっ!」
「――――っ! あ、あぁ。 これ片したらすぐ行く」
その大きさに目を取られている最中、突然彼女の身体がグリンとこちらに捻って話しかけてくるものだから、思わず身体が強張ってしまった。
…………見てたこと、ばれてないよね?
「おつかれ。 手応えはどんな感じだ?」
「ん~……さっぱりわかんなかったよぉ。 とりあえず教えられたとおり埋めるだけ埋めたけどさ~」
彼女が今までテーブルに向かって解いていたのは、深浦さんお手製のテスト。
勉強の仕上げにやるとは聞いていたが、まさか5教科分も自作するとは思わなかった。
でも、今日まで毎日ここに通い、彼女の教えを真面目に聞いてきたからある程度の実入りはあるだろう。
「そうか…………赤点って何点だっけ?」
「ウチは35点だよっ! 全教科赤点突破って大変なんだよねぇ~」
そうか、35点…………俺の学生時代は平均点からの割合だったから学校によって違うんだな。
当時割った覚えはないが、彼女にはなかなか厳しいらしい。きっと進学校、テストのレベルも違うのだ。
「…………いよいよ明日か」
「そうだね……明日だね…………」
そう、彼女がここに駆け込んできてから数週間経ち、今は5月の下旬。
明日の月曜日からは中間テストの開始だ。だからこそこうして最後の仕上げとしてテストを行っている。いい点取れて明日のはずみになればいいのだが。
「ちなみに、自信は?」
「ゴブゴブってとこかなぁ。 国語数学はスパルタのお陰でいいけど、英語がちょっと……」
「……そうか」
五分五分か。
何が辛いってすべての教科で赤点回避というところだ。
一つ二つならどうにでもなるが、全部となるとその分手を広げなきゃならない。今まで赤点続きだった彼女にそれがどこまで補えたかが問題だ。
「ま、なるよーになるよっ! こうして学年一位のレミミンにつきっきりで見てもらったしねっ!!」
「…………そのレミミンというのは、どうにかならないのですか?」
全く緊張など無いかのようにこちらに笑みを見せつける彼女に、深浦さんの声が入ってくる。
彼女はもう採点を終えたようで、数枚の紙をトントンと整えながら小さくため息をついた。
「え~? かわいいじゃん。レミミン」
「そうそう。 かわいいじゃん、レミミン」
「――――マスター?」
…………ごめんなさい。
そのニッコリとした笑顔で呼んだのに何も言わないのはホント怖いです。
「はぁ……。 いいですよ。本永さんなら」
「やったぁ! ありがとうレミミン!」
「はいはい。 それよりもテストの採点終わったので確認してください」
「は~いっ!!」
あれ、その言い方だと俺だけ許されなくない?
深浦さんからテスト結果を手渡された彼女は、手早くめくりながら右上の数字を確認しつつ、フッと苦笑いするように八の字を寄せる。
「はい」と全てを確認した彼女に紙を手渡され、右上に注目するとテストの点数がそこに書かれていた。
「38、42、30、48、60…………60!? 凄いじゃんっ!!」
今回やったのは基本の5教科。
大抵は赤点ギリギリラインだったがそのうちの一つ、数学は60と突出した数値を誇っていた。
「えへへ……ビシバシ教えられたお陰かな……。でも英語がね…………」
「英語30点……。 でもあと1教科だし今夜はこれを頑張れば!」
「ですね。 一夜漬けはキライですが、これなら十分赤点突破を狙えるでしょう」
「レミミン……マスター……」
深浦さんのお墨付きも貰った彼女はテストを抱いて小さく微笑む。
ここに来てからの彼女はかなり頑張ってきた。
それをずっと見てきたから言える。 きっと明日のテストも大丈夫だろう。
「ありがとう。 でも、今更だけどレミミンはよかったの?ずっとアタシばっかり見てて、自分の勉強してないんじゃ……」
「私ですか? 私はちゃんと、毎日コツコツ勉強してきてるので大丈夫ですよ。 それに、人に教えると自分の理解も深まりますし」
よく聞くよねそれ。残念ながら俺は人に教えれるほど成績良くなかったからわからないけどさ。
「それに、最近はバイトの時間も勉強してますから。 もしかしたら全教科100点……なんてことあるかもしれませんよ?」
「え~!? バイトしながら勉強してるの!? マスター!なんでアタシも誘ってくれないのさ!」
「いや、だってバイトの時間になったら自然解散って感じで帰ってたし」
「それくらいアタシならコーヒー1杯で何十時間だって居座ってやるのに~! む~!」
俺の袖を握って振りながら、わかりやすく頬を膨らませて抗議してくる本永さん。
コーヒー1杯で何十時間は回転率悪すぎて凄い嫌われる客になるよ。 あ、ウチはそもそも客が来ないから関係ないか。
「ほらほら本永さん。 そんなに引っ張るとマスターの服が伸びちゃいますよ。 ね、マスター」
「まぁ、そうだね。 でもこのくらいなら大丈夫だよ。ありがとう」
「むー…………ってあれ?」
手を離してからも頬は膨らんだままだった本永さん。
しかし俺と深浦さんが話しているのを眺めていると、ふと何かに気づいたように小首をかしげる。
「ねぇねぇマスター」
「うん?」
「なんでマスターってアタシとレミミンとでそんなに態度違うの?」
「?」
態度?なんのことだ?
「ほら、アタシに対しては結構雑な言い方だけどレミミンに対しては優しいよね? もしかして無意識?」
「…………あー」
…………そういえば。言われてみれば違った気がする。
無意識だったなぁ……全然何も考えてなかった。
「本永さんの話し方が原因じゃないです? 敬語使ってないじゃないですか」
「あ~。 ……そっか。 マスター、アタシも敬語使ったほうがイイ……ですか?」
「えっ………いやいらない。 今更敬語使う本永さんってないわ」
「え~! なにそれ~!!」
いやだって、敬語使われた途端もう鳥肌やばかったもん。
それに妙に控えめで違和感がやばかったし。
「ふんっ! じゃあマスターには絶対敬語使ってあげないもんねっ!!」
「はいはい。好きに話してくれていいから。 あれなら深浦さんも敬語なくっていいよ?俺気にしないし」
「私はこの話し方が楽なのでこのままで。 …………マスターが外せって命令するなら、頑張りますよ?」
「い……いや、やりやすいほうで…………」
なぜか問われた俺のほうが動揺してしまう。
ふとこちらを見上げる上目遣いが、妙に可愛くってドキドキした。
なんというか、縋られるような感覚というか、全てを委ねられたようなそんな感じ。
全然そういうことでもないのだが、さっきの視線には全幅の信頼のような何かが込められている気がした。
「さてっ! テストも終わったし、おやつタイムだ~! マスター、パフェお願い~!」
「本永さん、しっかり復習もしてきてくださいね。 マスター、私も手伝います」
「了解。パフェね。 今回は深浦さんにも手伝い、お願いしようかな」
「はいっ!」
俺たちはキッチンに向かって行き注文されたもの、そして俺達のデザート作成に取り掛かる。
彼女へのパフェは、明日へのエールも込めていつもより豪勢なものしよう。
きっといい成績を取ってくれる。そんな確信が、俺の胸の内にはあるのであった。
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