夢のカフェを開いたものの、店はJKたちのたまり場になるようです

春野 安芸

第1章

001.開店初日


 夢を見た――――


 そこは少し暗めの空間。

 茶色を基調とした建物に、所々に幾つかのアンティークの家具が置かれた室内。

 カチッ……カチッ……と、壁にかけられた時計が時を刻む音が聞こえる中、並べたテーブルから談笑の声も聞こえてくる。


 みな思い思いに話していてざわめきが多いのだが、そのどれもが楽しそうだ。

 今日あったこと、今後の予定、将来の夢など……。口々に話す姿はどれも笑顔だ。


 俺はそんな中、カウンターの内側でゆっくりと挽いた粉へとお湯を落としていく。

 ポタリ、ポタリとその下に置かれたコーヒーサーバーへと少しずつお湯だったものが溜まっていき、隙間からほのかに心地の良い香りが漂ってくる。

 ケトルに入っていたお湯がすべてなくなり、もうコーヒーも完成だというところで隣に何者かが近づいてくる気配を感じた。


 その姿は白いシャツに茶色のロングスカート、そして紺色のエプロンを身にまとった少女。

 何も言わない少女にカップへ注いだコーヒーを差し出すと、受け取ってからにっこりと微笑まれる。

 それは色とりどりのきれいな花々が咲き誇る花畑に一輪だけ存在する、小さく弱々しい花のような笑顔。


 しかし小さくても、弱々しくても力いっぱい自分らしくいようとする姿は、花畑に存在する他のどんな花々より綺麗なものだった。


 俺はそんな微笑みに返答するように、小さく微笑む。



「――――――――!」


 二人してカウンターでコーヒーを傾けていると、ふと俺を呼ぶ声が。

 そちらに目を向ければ、こちらに向かって大きく手を振る少女の姿。

 元気いっぱいの、今を一生懸命生きている少女。


 そんな声に返事をした少女は、慌ててそちらに向かっていく。



 学校の制服らしき、派手さこそないが十分に可愛い近くの学校の制服。

 ピンクのカーディガンで彼女”らしさ”を表現しているのもあって他の者より目立っている。


 向かいに座るのも、同じ学校だろう制服姿の少女。

 さらに少し離れた位置には、私服姿の少女。


 この室内には俺以外に4人の人物が居て、全員誰が見ても可愛い、または美しいと声を揃えるほど顔の整った少女だ。

 俺より確実に年下だが、そこまで離れすぎてもいない。

 そこそこ年の近い少女たちは、エプロンの少女が向かったにも関わらず更に俺を呼んでくる。


「――。 ――――!」


 一つため息をつきながらもカウンターを出る俺も笑顔。

 しかし、そこで俺は自ら何を言っているのかわからないことに気がつく。


 ニュアンスが分かるのに、具体的に何を言っているのかがわからない。

 更に良く見れば、彼女たちの顔さえも認識できなかった。区別もつくし表情もわかる。しかしそれが誰かがわからない。”可愛い”ということは理解できるのに具体的にどういう顔なのかがわからなかった。


 俺の歩みが彼女らの集まるテーブルに着いた途端、その理由に気付く。

 これは夢だ、と――――。こんなにメチャクチャな状態にも関わらず落ち着き、矛盾を感じなかったのはそれが夢だと心のどこかで理解していたからだ。


 そこで、俺の脳は夢だと認識する。

 夢はいつか覚めるもの。この現実に気づいた俺は明晰夢になることすら叶わず、遠く彼方から聞こえる電子音に引っ張られるように、俺の意識は浮上していった――――――――。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



 ピピピピピピ――――――――。


 規則的に鳴る電子音が飛ばしていた意識を徐々に引っ張り上げていく。

 唸るような声を上げながら手探りでその発信源を探すと、枕元に触れる堅い板状の物体。

 俺はようやく手にしたスマホを薄目を開けながら操作し、鳴っているアラームをスヌーズ機能ごと解除した。


「んっ…………! んん~~~!!」


 いつもなら二度寝をするかベッドの上でウダウダと起きるのに抗っているところだが、今日はそんなこともなく一発で身体を起こして伸びをする。

 普段ならばありえない。だからこそ絶対に起きるように何重にも掛けたアラームで起きるのだが、一発目で起きれた爽快感と、今日これから待っている日常に俺の心は早くも高鳴っていた。


 今日から新しい日常が始まる。

 そのためにずっと昔から準備を進めてきた。その記念すべき初日が、今日この日だ。


「よっと……」


 俺は軽い調子でベッドから降りて身だしなみを整え部屋を出る。


「さっき、なんか夢を見ていたような……」


 洗面所に向かいながらさっき見ていた夢を思い出そうとするも、何も思い出せない。

 夢はうつろうもの。ついさっきまで鮮明に覚えていても、次の瞬間には霞がかかったように思い出せないなんてよくある。


 夢だし仕方ないと結論づけた俺は、思い出そうとしていた思考を振り払って冷たい水を顔いっぱいに浴びる。

 そんな夢のことなんてどうでもいい。そんなことより大事な事があるんだ。気にしている余裕なんて無い。


 今日から新しい日々…………自ら営む喫茶店の開店初日なんだから――――。









「ふぁ~~~~……あ」


 鍵を開け、立て看板を置き、諸々の開店準備を始めて早3時間。

 俺はカウンター内側に置いた椅子に座って頬杖をつきながら、ダラダラを時が過ぎるのを待っている。


 朝こそ気持ちよく起きられたものの、その反動か時間が経てば徐々に襲ってくる眠気という名の強敵。

 俺は早くも負けそうになって、カウンターでウトウトと船を漕ぎかけてしまっていた。


「っ……! いかんいかん。初日なんだし起きてないと」


 慌てて自らを鼓舞するように淹れはじめるのは、自分用のコーヒー。



 ここは今日開店初日となった喫茶店、『夢見楼』


 昔からの夢だったこの喫茶店を開店してから、ずっと来るはずもない客をボーッと待ち続けていた。

 客が来ないのもムリはない。ここは人通りも少なく、値段設定もお高めにして、なおかつ宣伝活動もしていないものだから到底来るとは思えない。

 しかしそれでも問題ない。たかが俺の道楽。いわゆる趣味の一環。来ないなら来ないでボーッと時が過ぎるのを待てばいい。



 シューッ!とお湯の沸騰する音が聞こえてから、挽いた豆にお湯をドリップしていく。

 あぁ…………この瞬間がたまらない。少しづつコーヒーが落ちていって香りがほのかに漂ってくるこの瞬間。

 俺は鼻孔をくすぐるこの心地の良い香りを堪能しながら、徐々に出来上がっていくコーヒーを待ちわびていった。




 カランカラーン!


「…………ん?」


 もうじき全てのお湯が落ちるといったところで、ふと聞こえるのは扉に取り付けた鈴の音。

 誰か来た…………?いや、さすがに考えにくい。フラッと誰かが立ち寄るにしてもここはそういう散歩コースではない、行き止まりだ。

 なら、空耳? まだそっちのほうがありえる。さっきまでウトウトしてたし、今朝覚えてないけど変な夢見たし。


「――すみませ~ん…………」


 …………気のせいじゃなかった。

 扉のほうから聞こえてくるのはソプラノくらい高い、可愛らしい声。

 声的に女性だろう。しかし一体何のようだ…………と、俺は喫茶店らしからぬ思考になりながらお客?第一号の姿が現れるのを待つ。


「すみませ~ん………」

「は~い」


 おっと、返事を忘れていた。

 そういえば俺しかいないんだっけ。


「よかったぁ……やってたぁ。 あのぉ……ここって喫茶店……ですよね?」


 そう言いながら扉の閉じる音とともに現れた人物は、なんとも可愛らしい少女だった。

 茶色の髪を一つにまとめて肩から前に垂らし、クリクリっとした大きな目をしながらも恐る恐るといった表情を見せる少女。

 年は…………俺よりも下かな?高校生?

 それにしては随分と可愛らしい子だ。少なくとも俺が学生時代にはこんなに可愛い子は存在しなかった。アイドル…………いや、それにしてはオドオドとしすぎてる。


「えっと……店員……さん?」

「あっ、ごめんなさい。 開店はしてるので、お好きな席へどうぞ」


 思わずその可愛らしさに見惚れてしまったものの、なんとか取り繕って営業スマイルのまま座るよう促す。


 まさか開店した初日に客が来るなんて思わなかったが、そういうこともあるだろう。看板だって設置したんだ、来る時は来る。


「いえっ、そうではなくってお願いが…………」

「? もしかして迷子ですか?ここ入り組んでますものね。ちょっと待って下さい、いま地図を――――」

「迷子も違いまして……」


 はて、ならなんだろう。

 あぁ、テイクアウトか、もしくは親に見せる用のチラシでももらいに来たかな?でも残念、どちらもやってないんだよね。


「えっと…………そのぅ…………」


 黙ってカウンターを挟んだ向かい側に立つ少女の言葉を待つものの、彼女は胸元で手をしきりに動かすのみで言葉を発しようとしない。

 しかしそれは緊張か、もしくは自分の意思を整えているだろう。俺は黙ってその心が落ち着くときを再度待つ。


「あのっ……私を……私をここで雇ってくださいっ!!!!」


 その声は、この室内全体に響き渡るであろう大声。

 まさしく音量調整がバグったであろう強い意志、そして力いっぱい出た言葉に、俺は思わず耳を疑う。


「…………はい?」


 それは彼女の人生でおそらく、一番となるであろう勇気を振り絞った言葉。

 俺はそんな心からの言葉を、思わず聞き返してしまうのであった――――。

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