神様は人の子を見る・5、愛し子

 三が日も過ぎて初詣にくる参拝者も落ち着いたある日、我はざわざわとした胸騒ぎを感じて空を見上げた。

 気づくと宮司とあの子が何やら血相を変えて慌てている。あの子はそのまま走って神社を出ていった。ふたりのそばにいた雀に何があったのか尋ねると、我を見ることができる幼子が姿を消したらしいと教えてくれた。そのとき、我は指先にピリッとした痛みを感じた。我とあの幼子を繋ぐ縁の糸。住む場所が離れているため普段あまり感じることのない幼子の気配。それが近くで感じられる。だが、その気配は大晦日に見た元気な様子からは考えられないほど弱々しかった。まるで、寒空の下、社殿に潜り込んだあの夜のように。

 我の周りの空気がざわざわと揺れる。そばにいた鳥たちは怒りをあらわにする我に恐れをなして飛び去った。

『おのれ、只人が我の愛し子を傷つけるか。しかも、母親が我が子を傷つけるなど!!』

我の異様な気配に気づいたのか宮司が血相を変えて社殿に走ってくる。何か祝詞を読み上げていたが、怒りに心を支配された我には聞こえなかった。あの子はきっと幼子を探しに行った。あの子のそばにいれば幼子に会えるかもしれない。そう思ってあの子との縁を手繰り寄せ、我はあの子の元に力を飛ばした。


 本来神社から離れられない我だが、強い縁を頼りに我の力のほとんどを飛ばす。すると、あの子はちょうど幼子のところへ行くところだった。気づかれぬようそっと後をついていく。病院とやらの部屋で寝かされていた幼子は、目を被いたくなるほど可哀想な姿だった。その瞬間、我の怒りが頂点に達する。

 こんなことができるのは母親ではない。我が愛し子にこんな惨い仕打ちをしたのだ。相応の報いを受けるべきだ。

 怒りに任せて母親を殺してしまおうかと思ったとき、あの子が必死に話しかけてきた。母親を殺しても幼子は喜ばない。むしろ自分のせいでと責任を感じるだろう。そう言われて少し頭が冷えた。

『殺しはしない』

そう言って幼子のそばを離れた我は、そのまま母親の元へ飛んだ。

 母親は車でどこかへ逃げるところだった。我の愛し子をあんな目に合わせておいて逃げ延びようなど言語道断だ。殺さぬように加減をし、罰を与えた。


 それから、あの子は毎日幼子の元に通っていた。いくら縁をたどったとて、やはり神社を離れることは負担になる。我はあの日以来幼子のところへは行かなかった。

 そんなある日、幼子の見舞いに行ってそのまま帰ったはずのあの子が神社に戻ってきた。いつになく憂いた顔をしているあの子に声をかけると、あの子は幼子の親が何を考えているのかわからないと言った。人の心は複雑怪奇。我にも人の心はわからないと言うと、あの子は神にもわからないことがあるのかと驚いていた。


 しばらくして、怪我が癒えた幼子が神社にやってきた。祖母と共にもっと遠くへ引っ越すのだと言う。だが、幼子はいつか大人になったらここに戻ってくると言ってくれた。我にここで待っていてほしいと。我にはその言葉だけで十分だった。あの幼子の幸せを願って、我は鳥居の上から幼子が見えなくなるまで見つめていた。

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